近況・新刊情報と最近読んだ本など

 和訳wikiの方に『フィフリスト』から仏教関係の記述「シャマーニーヤ(仏教徒)の教義」を追加しました。ムスリム側からの仏教認識については色々おもしろいものがあるのでいずれコラムにでもまとめたいと思いますが手を出すのはなかなか難儀しそうな分野です。

 さて、新刊情報。
 戎光祥出版が選書シリーズ「戎光祥選書ソレイユ」を創刊するようです。第一弾は今月発売で石原比伊呂『足利将軍と室町幕府――時代が求めたリーダー像』と樋口健太郎『九条兼実――貴族がみた『平家物語』と内乱の時代』とのこと。いきなり室町幕府というあたりがさすが戎光祥というところでしょうか。四六判210頁で2000円程度とのことなのでこの出版社の本としては比較的手頃かと思われます。吉川弘文館の「歴史文化ライブラリー」と肩を並べるくらいに成長してほしいものですが、さてはて。
 年末の際も際ですが黒田壽郎先生訳で『雄弁の道――アリー説教集』が書肆心水より。これはけっこう重要史料です。
 白水社からは年明けにジョナサン・ハリス『ビザンツ帝国 生存戦略の一千年』。同著者の『ビザンツ帝国の最期』に引き続き訳者は井上浩一先生。
 岩波新書1月には末近浩太『イスラーム主義 ――もう一つの近代を構想する』というタイトルが。
 一応2017年予定になっているのでそろそろ出ないとまずいのではというのが名古屋大学出版会より大塚修『普遍史の変貌――ペルシア語文化圏における形成と展開』。内容じたいはすこぶる面白そうです。

 以下、最近読んだ本。
 
 
■石川明人『キリスト教と戦争――「愛と平和」を説きつつ戦う論理』
 事情のある調べ物で読みましたが、キリスト教的正戦論の系譜や軍事・軍隊とキリスト教の関係についてよくまとまっていて非常に参考になりました。そもそも聖書が戦争については何ら見解を示していないという指摘はなるほどその通りというところ(旧約聖書に至っては戦争の記述だらけです)。現代の(とくにカトリックの)教会が戦争に対してどういう態度を取っているのか、具体的な宣言や憲章などから拾い出していたり、プロテスタントについてはその成立時の状況と戦争との関わりが述べられていたりします。著者の筆致がだいぶキツめではありますが、面白い本です。
 ただ、こと個人の正当防衛と防衛戦争についての議論が(区別されていないわけではないですが)やや錯綜気味の感があるので、松本雅和『平和主義とは何か』が(松本氏の結論に賛同するかはともかく)議論の整理がしっかりできているので本書との併読を薦めたいですね。


■服部英雄『蒙古襲来と神風――中世の対外戦争の真実』
 服部先生は以前に山川から『蒙古襲来』という大部の本を出版されていますが、今回の新書は旧著を一部更新しつつ、コンパクトにまとめたものになっています。特筆すべきは竹崎季長の蒙古襲来絵詞の解説部分と、文永の役・弘安の役の進軍ルート、日本側の布陣、詳細な経過の検討で、ここはなかなか読み応えがあります。
 一方、クビライの日本遠征の動機を、火薬の材料である硫黄が南宋へ流れるのを阻止した上で自国に硫黄を確保するためであると断言している割に、別の立場を取る洪茶丘主導説に全く言及がなかったり(このあたりは森平雅彦氏の『モンゴル帝国の覇権と朝鮮半島』に詳しい)、 その部分で襄陽砲を例として引くが、襄陽砲は火砲ではなく投石機であるという初歩的な点を把握していなかったり、やはり日本史の外に出ると疑問点がちらほら出てくる感じの本になってしまっています(日本硫黄の重要性については大陸で産出しないということも併せてここ最近研究が進んできたところなので、これはこれで面白いとは思うのですが)。
 決して駄本というわけではないのですが、併せて読むべき本が多いだろうなあという一冊でした。 


■小川剛生『兼好法師――徒然草に記されなかった真実』
 小川先生の「兼好法師は吉田ではない」という内容の論文、発表された当時そこそこ話題になりましたが、その内容がついに新書で読めるようになりました(無論、本書の内容はそれだけではありませんが)。小川先生は中公新書で依然『足利義満』を出版するなど歴史学者みたいなところがあるのですが、専門は国文学方面で、そういう意味では今回はより本来の専門に近い分野での執筆ということになります。
 近代歴史学の流入前、つまり江戸期には既に兼好について前後矛盾の少ない緻密な公証体系ができてしまっており(ただし出発点に誤りがあるので全体にも誤りがある)、近代以降の兼好研究もそれに引きずられてしまったところがあるようです。この誤りに対して小川先生らしさがこれでもかと発揮されており、国文学的検討、歴史学的検討を縦横に駆使して信頼できない要素を削ぎ落としていっています。
 本書での兼好像は金沢流北条氏と関わりをもちつつ、鎌倉幕府が倒れると高師直に仕え、土地の売買などをして、実は思われていたより長生きしている、という風になっており、あまり遁世人という感じはしませんね。
 冒頭に「文学作品は読者のものであり、作者の意図は必ずしも重要ではなく、まして生涯・境遇などは顧慮しなくてよいとする立場もある。しかし時代を越える普遍的価値があっても、作品は一義的にはやはりその時代の所産である。一次史料や時代状況に照らせば容易に確定する疑問をそのままにして、読者の手に委ねてよいとは思えない」という言葉があるのですが、作者はとりあえず括弧にいれて棚上げしておき、テクストのみを分析していっていた文学研究(ここ最近はその傾向は転換しつつあるようですが)よりも歴史学に近いことをやってきていた小川先生らしい言い方だなあなどと思ったりするのでした。


■渡辺恒雄『夢の現象学・入門』
 現象学も久しぶりですが、これまで読んだ現象学の本の中では一番分かりやすかったと思います。もちろん、これまでわからないなりに予備知識が溜め込まれていたというのも否定できませんが……。
 著者の専門は心理学・化学基礎論・現象学という若干離れたイメージのある各分野なのですが、本書では現象学的手法を通じて人間が寝ている時にみる夢の構造を明らかにする、という手法を取っています。心理学で夢と言えば素人の私はフロイト心理学系統の夢解釈を思い浮かべるのですが、本書では先にも書いたとおり夢の構造の解析が目的であって、夢の解釈は行いません。
 正直なところ、夢に関する議論の結論についてはなんとも言いかねるのですが、その過程で現象学的手法を用いており、この解説が具体例が伴うこともあって非常に分かりやすいわけです。
 フッサールの他者論にも踏み込んでおり、このあたり非常に参考になりました。これを読んで操作可能性を問うている(らしい)イアン・ハッキングの『表現と介入』を積んでいるので読まねばなあと思ったりしつつ実家に置きっぱなしだったり。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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