大塚修『普遍史の変貌』


 副題は「ペルシア語文化圏における形成と展開」。
 
 「普遍史」という用語には説明が必要だろう。岡崎勝世氏はキリスト教的な旧約聖書の世界観に裏打ちされた世界史認識を近代史学の方法論のもとでの「世界史」に対して「普遍史」と呼んでいる。本書ではこの用語を用いることによってイスラーム的歴史叙述(これもやはり旧約聖書的な世界観に裏打ちされている)を指し示している。本書では、その普遍史の時代ごとの変貌を研究したものである。
 本書で扱われるのは、主に①旧約的歴史叙述、②ペルシア神話に端を発するゾロアスター教的人類史、③オグズ伝承に代表されるテュルク・モンゴル的世界認識、の三つの世界認識の接続・摺り合わせであり、イスラームのイラン進出によって①と②が、そしてモンゴルの西アジア進出によって③の要素が歴史叙述の中に見られるようになっていく。

 これまでアラビア語・ペルシア語で書かれた普遍史は、著者の生きた時代に近い部分のみが、歴史上の事実を探るにあたり資料価値が高いとされて大いに研究に利用されてきた。しかし一方で、人類の発端やそれに近い初期の歴史について、それぞれの史書がどう描いているかという言説の変化の歴史についてはあまり注目されていなかった。例えば、山中『アレクサンドロス変相』は、その中でもアレクサンドロスに関する叙述がどう変化してきたかを述べた浩瀚な歴史書であるが、考察の対象がアレクサンドロスの叙述のみに限られていた。本書は、それを歴史時代に入るまでの曖昧模糊とした時代の記述全般に広げている。

 本書では刊本だけでなく手稿本を含む多くの史書を分析対象としており(本書目次にタイトルがあるものだけで55の著作)、著者の苦労が忍ばれる。それぞれの史書が三つの要素の接続・摺り合わせをどのように処理しているか(例えば、伝説上のペルシア王朝の時代において、旧約時代のどの預言者が活躍したか、など)のみならず、先行するどの史書からの影響が大きいかについても考察が及んでいる。

 研究書であり、内容は素人にはいささか難しいが、これまで省みられてこなかった事柄について地平を切り開いた一冊であることに間違いはない。歯ごたえのある一冊ではあるが興味のある方はぜひ挑戦してみてほしい。
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鉄勒京二

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