近況・新刊情報と最近読んだ本など
そろそろ暖かくなってきました。こちらは気温が不安定で日中20度を越える日があるのに除雪された雪の塊がまだ残っていたりしますが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
『中央公論』の4月号の特集が明治維新だったのですが、その中に「アジアの異端児の過剰反応」と題して岡本隆司、君塚直隆、飯田洋介各先生方の鼎談が掲載されていました。明治維新の話というより同時期の世界史の話をしていて、明治維新について世界がどう見ていたかという問題についての結論は「その答えは、重要ではなく、ほとんど「吹けば飛ぶ」ものだった」(岡本先生談)というのがなんとも身も蓋もなくて思わず笑ってしまいました。
では、新刊情報。
新潮文庫今月の新刊に河江肖剰『ピラミッド――最新科学で古代遺跡の謎を解く』。単行本で出ていた『ピラミッド・タウンを発掘する』が文庫化するようです。
山川出版社から4月、『中央ユーラシア史研究入門』という本が。まさか中央ユーラシアで工具書が(それも名古屋大学出版会ではなく山川から)一冊出るとは思いませんでした。また、同じく山川で「歴史の転換期」というシリーズが創刊されるらしく、第一弾は南川高志 [編]『B.C.220年 帝国と世界史の誕生』となっています。こちらも4月。
中公新書4月には平川新『戦国日本と大航海時代――秀吉・家康・政宗の外交戦略』。
2017年中に出るという話でしたが、だいぶ遅れこんで岩波現代文庫の保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』 も4月に。
岩波新書4月は岩波文庫『太平記』の兵藤裕己先生の『後醍醐天皇』。
以下、最近読んだ本。
■山家浩樹『足利尊氏と直義――動乱の中の権威確立』
タイミングをはかっていたのかどうかは分かりませんが、やっと出たかという日本史リブレット人の尊氏・直義の巻。
頁数のこともあるのでざっくりまとめた本かなあと思いきや、あくまで尊氏と直義の協業期に記述の中心を絞っており、サブタイトル通り権威確立に向けてのデモンストレーションをそれぞれ①頼朝つまり武家の棟梁としての資格を示すもの②北条氏の後継者としての資格を示すもの③建武政権の後継者としての資格を示すもの、以上の三通りに分けて分析しているところなど、なかなかおもしろかったです。
尊氏であれ直義であれ、ここのところ何冊も研究者の書いた評伝が出ていますし(尊氏であれば清水克行先生、直義であれば亀田俊和先生、また森茂暁先生は二人とも一冊づつ書いています)、これらの本と一緒に読むのがいいのではないでしょうか。
■桜井啓子『シーア派――台頭するイスラーム少数派』
シーア派が過激でスンナ派が穏健、なんていう見方はもう二昔くらい前のもので今日日そんなことを言っているのは勉強不足の人かシーア派に悪意のある人間くらいのものでしょう。本書は『イランの宗教教育戦略』の桜井先生ですが、出たのはこの本の方がかなり早いです(『イランの~』が14年、本書は06年)。
シーア派は西アジアの通史の中では政権を取った時期(ブワイフ朝、ファーティマ朝、サファヴィー朝など)を除けばスンナ派の陰に隠れがちなわけですが、本書では伏流も含めたシーア派の通史概略と、近年のシーア派の動向について記しています。頁数がイランに割かれる割合は確かに多いところはあります。しかしアフガン内戦時のシーア派ハザラ系勢力の動向や、イラクバアス党のアラブナショナリズムとイラク国内のシーア派アラブとの不幸な関係など、各国内部のマイノリティとしてのシーア派集団そのものの記述や、そのシーア派集団どうしの関係なども一定まとまった記述があります。
面白かったのはイランのイスラーム共和制と法学者の統治の理論に対し、在野のシーア派の学者たちが必ずしも賛同していないというところや、ウスール学派とアフバール学派の対立の中で比較的自由に議論を進められる空気が醸成されていたところなどでしょうか。
■中岡成文『増補 ハーバーマス――コミュニケーション的行為』
「現代思想の冒険者たち」シリーズで出ていたものが文庫になりました。このシリーズ、アレントが学術文庫に収録されて、ハーバーマスが学芸文庫に収録されるあたり、統一感が無いんですがまあ手に取りやすくなるのはいいことです(できればロールズも文庫化してほしい)。
実社会と、そして様々な思想家・哲学者たちと切り結ぶハーバーマスは、少なくとも自身が掲げたコミュニケーション行為の理想を体現しているのだろうなあ、と思うことしきり。
問題関心が徐々に変遷している哲学者についてはその論の代表的なものを中心にするか、時系列順に見ていくかは取り上げ方次第なのですが、本書は後者です。そのためやや他分野の予備知識を必要とするところはありますが、それは著者の問題というよりフランクフルト学派の思想家・哲学者が大概そうなので、まあ仕方がないかなあというところ。
ハーバーマスについては引き続き追っていこうと思うので折に触れて本書も読み返したいものです。
■エドワード・W・サイード、D・バーサミアン『ペンと剣』
専ら歴史学徒には『オリエンタリズム』の著者として知られているサイードですが、彼自身はパレスチナ問題について発言し続けた言論人でもありました。本書を読むと分かるのですが、彼はイスラエルはもちろん、彼自身唯一のパレスチナの代表者と認めていたPLO(就中、議長アラファト)に対しても舌鋒鋭く批判する気骨の人です。本書はインタビューを通じて(題材はやはりパレスチナ問題を含めた社会情勢が多い)、サイードとは何者かを知るのに格好の一冊となっています。
パレスチナ問題は国民国家イスラエルに対するパレスチナ人たちの問題という面は確かにあるわけですが、サイード自身は、パレスチナ人としての自己認識と、パレスチナを支持しながらもナショナリズムの陥穽に自覚的な放浪者としての自己認識が重なっているらしく、その辺りも本書の読みどころでしょう。
酒井先生がこのブログでも先日取り上げた『9.11後の現代史』で指摘していた通り、中東政治において、状況が改善しているわけではないにも関わらずパレスチナ問題が後背に退いている現状の中で、いまいちどサイードの発言を読み直す意味は大きいのではないかと思います。
『中央公論』の4月号の特集が明治維新だったのですが、その中に「アジアの異端児の過剰反応」と題して岡本隆司、君塚直隆、飯田洋介各先生方の鼎談が掲載されていました。明治維新の話というより同時期の世界史の話をしていて、明治維新について世界がどう見ていたかという問題についての結論は「その答えは、重要ではなく、ほとんど「吹けば飛ぶ」ものだった」(岡本先生談)というのがなんとも身も蓋もなくて思わず笑ってしまいました。
では、新刊情報。
新潮文庫今月の新刊に河江肖剰『ピラミッド――最新科学で古代遺跡の謎を解く』。単行本で出ていた『ピラミッド・タウンを発掘する』が文庫化するようです。
山川出版社から4月、『中央ユーラシア史研究入門』という本が。まさか中央ユーラシアで工具書が(それも名古屋大学出版会ではなく山川から)一冊出るとは思いませんでした。また、同じく山川で「歴史の転換期」というシリーズが創刊されるらしく、第一弾は南川高志 [編]『B.C.220年 帝国と世界史の誕生』となっています。こちらも4月。
中公新書4月には平川新『戦国日本と大航海時代――秀吉・家康・政宗の外交戦略』。
2017年中に出るという話でしたが、だいぶ遅れこんで岩波現代文庫の保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』 も4月に。
岩波新書4月は岩波文庫『太平記』の兵藤裕己先生の『後醍醐天皇』。
以下、最近読んだ本。
■山家浩樹『足利尊氏と直義――動乱の中の権威確立』
タイミングをはかっていたのかどうかは分かりませんが、やっと出たかという日本史リブレット人の尊氏・直義の巻。
頁数のこともあるのでざっくりまとめた本かなあと思いきや、あくまで尊氏と直義の協業期に記述の中心を絞っており、サブタイトル通り権威確立に向けてのデモンストレーションをそれぞれ①頼朝つまり武家の棟梁としての資格を示すもの②北条氏の後継者としての資格を示すもの③建武政権の後継者としての資格を示すもの、以上の三通りに分けて分析しているところなど、なかなかおもしろかったです。
尊氏であれ直義であれ、ここのところ何冊も研究者の書いた評伝が出ていますし(尊氏であれば清水克行先生、直義であれば亀田俊和先生、また森茂暁先生は二人とも一冊づつ書いています)、これらの本と一緒に読むのがいいのではないでしょうか。
■桜井啓子『シーア派――台頭するイスラーム少数派』
シーア派が過激でスンナ派が穏健、なんていう見方はもう二昔くらい前のもので今日日そんなことを言っているのは勉強不足の人かシーア派に悪意のある人間くらいのものでしょう。本書は『イランの宗教教育戦略』の桜井先生ですが、出たのはこの本の方がかなり早いです(『イランの~』が14年、本書は06年)。
シーア派は西アジアの通史の中では政権を取った時期(ブワイフ朝、ファーティマ朝、サファヴィー朝など)を除けばスンナ派の陰に隠れがちなわけですが、本書では伏流も含めたシーア派の通史概略と、近年のシーア派の動向について記しています。頁数がイランに割かれる割合は確かに多いところはあります。しかしアフガン内戦時のシーア派ハザラ系勢力の動向や、イラクバアス党のアラブナショナリズムとイラク国内のシーア派アラブとの不幸な関係など、各国内部のマイノリティとしてのシーア派集団そのものの記述や、そのシーア派集団どうしの関係なども一定まとまった記述があります。
面白かったのはイランのイスラーム共和制と法学者の統治の理論に対し、在野のシーア派の学者たちが必ずしも賛同していないというところや、ウスール学派とアフバール学派の対立の中で比較的自由に議論を進められる空気が醸成されていたところなどでしょうか。
■中岡成文『増補 ハーバーマス――コミュニケーション的行為』
「現代思想の冒険者たち」シリーズで出ていたものが文庫になりました。このシリーズ、アレントが学術文庫に収録されて、ハーバーマスが学芸文庫に収録されるあたり、統一感が無いんですがまあ手に取りやすくなるのはいいことです(できればロールズも文庫化してほしい)。
実社会と、そして様々な思想家・哲学者たちと切り結ぶハーバーマスは、少なくとも自身が掲げたコミュニケーション行為の理想を体現しているのだろうなあ、と思うことしきり。
問題関心が徐々に変遷している哲学者についてはその論の代表的なものを中心にするか、時系列順に見ていくかは取り上げ方次第なのですが、本書は後者です。そのためやや他分野の予備知識を必要とするところはありますが、それは著者の問題というよりフランクフルト学派の思想家・哲学者が大概そうなので、まあ仕方がないかなあというところ。
ハーバーマスについては引き続き追っていこうと思うので折に触れて本書も読み返したいものです。
■エドワード・W・サイード、D・バーサミアン『ペンと剣』
専ら歴史学徒には『オリエンタリズム』の著者として知られているサイードですが、彼自身はパレスチナ問題について発言し続けた言論人でもありました。本書を読むと分かるのですが、彼はイスラエルはもちろん、彼自身唯一のパレスチナの代表者と認めていたPLO(就中、議長アラファト)に対しても舌鋒鋭く批判する気骨の人です。本書はインタビューを通じて(題材はやはりパレスチナ問題を含めた社会情勢が多い)、サイードとは何者かを知るのに格好の一冊となっています。
パレスチナ問題は国民国家イスラエルに対するパレスチナ人たちの問題という面は確かにあるわけですが、サイード自身は、パレスチナ人としての自己認識と、パレスチナを支持しながらもナショナリズムの陥穽に自覚的な放浪者としての自己認識が重なっているらしく、その辺りも本書の読みどころでしょう。
酒井先生がこのブログでも先日取り上げた『9.11後の現代史』で指摘していた通り、中東政治において、状況が改善しているわけではないにも関わらずパレスチナ問題が後背に退いている現状の中で、いまいちどサイードの発言を読み直す意味は大きいのではないかと思います。