杉本淑彦『ナポレオン』


 世界史上もっとも有名な英雄の一人と言っていいであろうナポレオンの評伝。副題は「最後の専制君主、最初の近代政治家」。
 
 ナポレオンの評伝は、その生涯が劇的かつ現実離れしておりなかなか歴史学の研究者には書きづらいらしい、というのは以前上垣豊氏が著書『ナポレオン』で述べていたことだ。実際、上垣『ナポレオン』もナポレオンの生涯についてはひととおり事実を指摘し、むしろナポレオン像の変遷について詳しい記述がされている傾向があった。

 ところが本書はナポレオン本人について真正面から扱った評伝となっている。特徴は形式と内容においてそれぞれ一つ、計二つあり、前者はナポレオンの生涯を記すにあたっての文章スタイルであり、もう一つはナポレオンの二面性に注目する内容面である。
 文章スタイルについては、要所要所において先行の伝記諸書(歴史学研究者の書いたものに限らない)に広く見られるナポレオン評や逸話などを引きつつ、歴史学的な手段で以て概ね妥当性の高いところに落とし込んでいくという書き方を取る。学問的に誠実でありながら、単調にならず読み物として面白い本に仕上がっている所以である。
 では、ナポレオンの二面性に注目しているとはどういうことか。ナポレオンはフランス革命の理念であった自由と平等を実現しようとしたことや近代的諸制度の確立など、業績が挙げられる一方で、ヨーロッパに未曾有の戦災を引き起こし、個人独裁に走ったことなど評価が分かれる。著者は、それは近世から近代への過渡期という時代に一国の指導者となったという時代性が関わっているのだろうとする。この視点は本書を貫いており、著者の見解を肯定するにせよ否定するにせよ予め頭において読み進めるとより理解が深まるだろう。

 個人的な見解としては著者のこのナポレオン評は正しいであろうと考えたい。
 ビスマルクやハサン・バンナー、康有為など、近代が切り開かれようとしている時代の指導者というものは、多かれ少なかれ近代性と前近代性を併せ持っている。それは前近代の価値観を延長して近代化を肯定するものであったり、前近代を理想とする保守的政治を行うために近代的手段を駆使するものであったりと人によって様々だ。
 ナポレオンも言ってみればこの中の一人に過ぎなかったのであり、まるで劇的で現実離れしたような個性であっても、やはりこの時代を生きた一人の人間だったのだと言われれば、その通りと頷く他ないだろう。
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鉄勒京二

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