近況・新刊情報と最近読んだ本など

 新年度が始まりましたがいかがお過ごしでしょうか。こちらは公私ともにいろいろあってあたふたしていますが本を読む時間だけは確保しておきたいところです。
 ところで、長い間書き込みが一切無かったので掲示板を撤去しました。ネットでの掲示板全盛期を知る人間としては微妙な心境ですが、今やSNS全盛期ですからねえ。代わりにメールフォームを設置したので、個人的に管理人と連絡を取りたい方はそちらからどうぞ。

 さて、新刊情報。
 紀伊國屋書店のサイトで山川出版社の「歴史の転換点」シリーズのタイトルと編者・著者一覧が公開されています。隔月刊行予定で全11巻とのこと。このブログとしては3巻4巻あたりが注目でしょうかね。おそらく3巻の750年ではアッバース朝革命が扱われることでしょう。
 講談社現代新書4月麻田雅文『日露近代史――戦争と平和の百年』。メチエの『満蒙』や中公新書の『シベリア出兵』の麻田先生の新刊です。より通史総論的な内容になるのでしょうかね。
 平凡社の「中世から近世へ」シリーズ5月では天野忠幸『松永久秀』が。しばらく前まではネームバリューの割に信頼できる伝記研究で単著のさっぱり見当たらない人物だったんですが、最近は割とコンスタントに本が出ますねえ。

 以下、最近読んだ本。
 

■黒崎真『マーティン・ルーサー・キング――非暴力の闘士』
 キング牧師に関する本はこれまでも沢山出ていますが、本書が特徴的であるのは晩年のキング牧師の言動に注目している点でしょう。(本書ではこの言葉は使われていませんが)米国史に詳しい人に話を聞くとワシントン大行進以降のキングの思想的変化は「ラディカル・キング」という言葉で表現されているらしく、本書でもこの時期のキングの重要性について詳しく述べられています。
 その上で、これまでの研究史での意見と異なるのは、そのラディカル・キングの思想的萌芽じたいがキングの大学院時代に既に見られるという主張でしょうか。
 また、キング死後のキングの脱政治化、言い換えると人種差別に立ち向かった闘士として顕彰されはするものの、ワシントン大行進以後、経済的不平等や戦争という悪に反対したラディカル・キングとしての姿が捨象されていく過程についても詳述されている点も本書の特徴です。
 岩波新書では既刊に荒このみ『マルコムX』もあるので、本書に続いてデュボイスやガーヴェイを扱った本も出してくれると嬉しいなあと思います。


■ジェームズ・ゴードン・フィンリースン『ハーバーマス』
 オックスフォードのVery Short Introductionsの和訳である「一冊でわかる」シリーズのうちのひとつ。いろいろ積んだままになっていますがまさか歴史学モノより先に哲学倫理学系のものを読むことになるとは。読書というのは分からないものです。
 それはさておき、本書は先日紹介した中岡『増補 ハーバーマス』と比べると、著者の言葉で整理されている感じがして見通しはこちらの方がいいですね。ただ、ハーバーマスに対する熱量を感じるのは中岡先生の本の方だったかなと。
 個人的には歴史の展開に法則性を見出す事には批判的立場に寄っているので、ハーバーマスによるコールバーグの援用に関してはちょっと首を傾げざるを得ないかなあなどと考えるところです。ただ、それが問題点であるということが分かったという時点で一つ収穫であったとは言えるでしょう。


■ジョージ・マイアソン『ハイデガーとハバーマスと携帯電話』
 先に言ってしまうと著者のマイアソンには悪いのですが、マイアソンの本文より大澤先生の解説の方が圧倒的に面白いです。マイアソンは携帯電話をハーバーマスの言うコミュニケーション的行為ではなく戦略的行為の道具として位置づけ話を展開していくわけですが、解説ではそれと真逆にコミュニケーションを求める人間の携帯電話使用について論じられています(ここでは「コミュニケーションをしている」という事実ないし実感が追求されハーバーマスの言うコミュニケーション的行為とは隔たりがある)。
 原著は2001年の出版なのでスマートフォンの大普及前夜というところですが、スマホでのSNS使用の広がりなどを見ていくと大澤先生の分析のほうがより妥当であると言えるように思います。


■ユルゲン・ハーバーマス『討議倫理』
 個人的にはハーバーマスの議論のうち、討議倫理(学)に興味があるので、とりあえずそれっぽい原典を手にとってみるかということで買ったのですが、なかなか晦渋な代物で読み通すのに難儀しました。
 入門書を二冊ほど読んでからの挑戦でしたが、その程度では理解できたと言うには程遠く。カントあたりの前提知識を得てから再挑戦したいものです。


■重田園江『ミシェル・フーコー――近代を裏から読む』
 昨今、表現の自由が問題になる時事的話題が多いわけですが、表現の自由と言うからには自由論の思想史を抑えておかねばならないと思い、では権力からの自由を問題にした時、フーコー流の権力論ではどう整理できるのだろう、という問題点に思い至った結果、フーコーについて改めて勉強しておくかという迂遠な道を通ってフーコーの入門書(これも何年か積んでいたわけですが)を実家から持ってきたわけであります。
 本書はフーコーの『監獄の誕生』を頭から順に読んでいきながら話をフーコーの思想のいろいろな部分に広げていくという方法を取っており、法社会学や歴史学の予備知識がある人間としては割と読みやすかったと思います。ただ、著者は分かりにくいものを分かりやすく提示する過程で捨象されてしまうものに対して敏感でして、そういう意味では本書はフーコーのわかりにくさをそのまま持ち込んだようなところのある本で、読みやすいからと言って分かりやすいかというとそうでもないのが厄介なところ。
 『監獄の誕生』についての読み方は、アレは規律権力についてのみの本ではない、という立場を取るようで、無論規律権力についての話もあるわけですが、やや肩透かしの印象はあります。ただ、一冊の本の読み方としては確かにアリなのかなとも。
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鉄勒京二

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当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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