近況・新刊情報と最近読んだ本など

 以前バーミンガム大学で年代測定によって現存する最古のクルアーンではないかとされる写本の断片が出てきたということがニュースになり、コラムでも少し触れました。中町信孝先生のTwitter情報で知ったのですが、この件の続報としてBBCが報じており、書体の年代の問題などから疑義が提出されているとのこと。炭素同位体測定の結果と書体の年代のズレが200年ほどあり、かつバーミンガム大によれば再利用紙ではないとのことなので、新品で200年も使われずに置いていた羊皮紙を使ったという推測が成り立つのではないかなあとのこと。
 なかなか面白い案件ですが、引き続いての報告を待ちたいところです。

 さて、新刊情報。
 今月の新潮選書、池内恵『シーア派とスンニ派』。以前同選書から出版された『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』と同じシリーズということになるようです。
 同じく今月、亜紀書房よりメアリー・ビアード『SPQR ローマ帝国史』。
 戎光祥出版は6月に丸山裕之『図説 室町幕府』。信頼できる出版社からこの手のわかりやすい図説本が出るのって室町幕府では非常に珍しい気がしますね。
 洋泉社歴史新書yより6月、亀田俊和[編]『初期室町幕府研究の最前線』。このレーベルの最前線シリーズはなかなか攻めてきていて応援したくなります。
 日本史リブレット人6月は『法然――貧しく劣った人びとと共に生きた僧』。

 小説では北方謙三氏がまさかのチンギスものを書くそうで。集英社より、第一巻タイトルは『チンギス紀 一 火眼』とのこと。楊家将や岳飛伝、水滸伝などで北アジア系政権のあれこれを書いてきているのでたしかに既定路線と言えばそうなのかもしれませんが……。つまらないものになることはないでしょうが、さてどんな作品になるのか。

以下、最近読んだ本。
 

■佐藤信弥『中国古代史研究の最前線』
 似たようなタイトルですが洋泉社の歴史新書yの最前線シリーズではなく星海社新書から出た本です。著者は中公新書『周』の佐藤信弥先生。のっけから甲骨文字発見の経緯で「薬として用いられていたものが云々」というのがある種の伝説にすぎないというけっこうインパクトのある話から始まります。
 伝世文献と出土資料の関係など、日本中世史の『沈黙の中世』を思い出しますが、本書の描写はより緊張感がありビビッドです。
 概ね記述は時代順なのですが、個人的に面白かったのは第一章でしょうか。特に古蜀王朝としての三星堆の項は文明の初期の時期の多様性が示されており興味深いところ(これが費孝通の中華民族多元一体論と関わってくるのはもう現代中国の事情からしてご愛嬌なのですが)


■冨田恭彦『カント入門講義――超越論的観念論のロジック』
 少し前からカントについて勉強せねばならんなあと言い続けていますが、そう言えば発売日に買って積んでいたなということで読んでみましたがコレが大当たりで非常に分かりやすい。時代背景の説明をするのにドイツ騎士団やブランデンブルク辺境伯領の話から始める必要があったのかはよく分かりませんが、カントの生涯が思想史だけでなく科学史とも交錯しているといったあたり、興味深い事実でした。
 肝心のカントの哲学はと言えば、恥ずかしい話ですがカントのカテゴリー論が古典論理学に由来しているというあたりからまず把握していなかったので、一から説明してくれるこの本は非常にありがたい存在です。またカントの「物自体」がどうやらロックの思想に触発されているらしい、というあたり、なるほどなあというところ。
 著者の専門は英米哲学のようで、カントに対しては批判的な部分もありますが(まあしかし大陸哲学の文脈でもカントは乗り越えられているわけですけれども)、それはそれとしてカント入門として大変よくできた一冊であると思います。


■戸谷洋志『ハンス・ヨナスを読む』
 ハンス・ヨナスという名前、アレント関連でちらっと読んだかなあ、というくらいでほとんど頭に残っていなかったんですが、欧米では非常に有名な哲学者である由。倫理学の分野において、合意可能性を前提とした近代倫理学では行為者とその行為の影響を受ける者が時間的に大きく隔たりがある場合に対応ができないという問題があります(これは中岡先生のハーバーマス本でもハーバーマスへの批判として触れられていた記憶が)。この問題を取り扱うのが「未来倫理」であるわけですが、ハンス・ヨナスはその未来倫理の第一人者で、主著『責任という原理』はドイツ国内で哲学書としては異例の20万部を売り上げたとのこと。
 論理展開自体は明晰で整理されており、とても読みやすいです(ただ、討議倫理も同じ手を使っているんですがヒュームのギロチンが振るわれることが予想される場合に、予想される反論の論理と行為の矛盾を突いて反論を封じる方法はちょっと釈然としないところが)。
 ハーバーマスについてここ最近かじっていますが、討議倫理のもうひとりの旗振り役、アーペルとヨナスがちょっとした議論をしているようで、本書ではあまり触れられていなんですが、そのあたりも面白そうです。
 なお本書の著者は『鋼の錬金術師』を読んで哲学科に進んだとのことで、当該作品の完成度の高さを思うと同時にサブカルの影響がこんなとこに出るとは面白いものだなあと。


■E・W・サイード『オリエンタリズム』
■シェリー・ワリア『サイードと歴史の記述』
■杉田敦『権力』
 『オリエンタリズム』と言えば西アジアを扱うにあたってもはや通り過ぎることができない文献であるわけですがまだ読んでなかったのかと言われそうです。白状するともう何年前か忘れましたが最初に買った時になかなか読みこなせず途中で投げ出しておりました。今回友人と読書会をやろうということになって再度読む機会を得たのですが、まあ自画自賛ながらサイードが挙げるオリエンタリストの名前に勘所が働くようになったり、齧った程度ながらフーコーの権力論に触れたこともあって、独学というのも侮ったものではないようでそれなりに読めるようになっていてちょっとした驚き。
 右二冊は副読本として併読したもので、ワリアの本は『オリエンタリズム』だけでなく『文化と帝国主義』なども含めてサイードの主張を簡潔にまとめており、『オリエンタリズム』を読む際のガイドとして非常に有用でした。
 一方杉田先生の『権力』はサイードが援用しているフーコーの権力論を押さえるために読書。こちらは後で気付いたんですが岩波現代文庫に『権力論』として他の本との合本で収録されてたんですね。そっち買えばよかったかと思っても後の祭り。フーコーの権力論は公権力とは違った性質のものなので政治学との相性はあまり良くなさそうな気がするんですが、杉田先生は政治学者としては珍しくフーコーの権力論をしっかり論じる方向の人のようで(もちろん全肯定ではありませんが)。今回思ったんですがポストモダンブックスであれ思考のフロンティアであれ、手頃な頁数で論点を押さえられるのでちょっと続けて読書しようかなと思ったりしました。
 話を『オリエンタリズム』に戻すと、読書会では近代オリエンタリズムのスターターとしてのナポレオンや、普遍的に見られるエスノセントリズム(例えば中華思想など)とオリエンタリズムを差異化するものは何かといった議論ができて非常に有意義なものになっていると思っています。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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