エリック・H・クライン『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』


 本書タイトルともなっている紀元前1177年はエジプトにおいてラムセス3世がいわゆる「海の民」を撃退した年だが、これは後期青銅器時代の末期にあたる。この出来事と前後して、中近東では多くの勢力が滅亡し、青銅器時代は終わりを告げた。本書のテーマは「ではその時期に一体何があったのか」を解き明かすことにある。
 
 まず、本書の前提として後期青銅器時代の後寄り300年間ほどは大国小国を問わず中近東の諸勢力(ミュケナイ、ヒッタイト、ミタンニ、エジプト、キュプロス、アッシリア、カッシート朝バビロニアなど)の間では複雑な外交・交易による相互依存のネットワークが構築されていたという事実がある。この事実を示すため、本書の前半では具体的な外交関係・交易関係の事例やその証拠などが示されている。特に、トロイア戦争の伝説とミュケナイとヒッタイトの対立を結びつけた考察は非常に面白い。
 後半では、そのインターナショナルな結びつきを持っていた後期青銅器時代の諸勢力が一斉に力を失い、エジプトをほぼ唯一の例外として消え去ってしまう事実を示す。一体何があったのだろうか?
 かつて有力視されていた「海の民」による混乱という説は、少なくとも主な原因とは言えなくなってきているようだ。本書によると、ヒッタイトの滅亡も海の民によるものであるとする説は後背に退きつつある。
 著者は様々な原因をそれぞれ検討していくが、ある地域には当てはまるものの別の地域では当てはまらないものや、有力視されつつも決定的な証拠がないものなど、なかなか判断は難しい。著者の意見としてはおそらく複合的なものであろう、としているが、単に複数の原因が重なったというだけでなく、複雑な相互依存のネットワークはそれだけで一部に破綻が出るとドミノ効果を引き起こし全体に機能不全を起こす脆さを持っているのだろうという指摘がされている。

 先行研究に目配りし、多くの歴史学者や考古学者の名前は出てくるが、整理がされており読みやすい。おそらく、高校世界史レベルの予備知識があれば読めるだろう。文明の崩壊という話になると、大局的なだけに単調な記述になりがちかもしれないが、本書では具体的な外交文書や碑文などから、後期青銅器時代に活躍した個人のエピソードなども浮き彫りにし、また一般に関心の高い出来事(トロイア戦争や出エジプト、アクエンアテン(イクナートン)の宗教改革、ラムセス二世のカデシュの戦いなど)も具体例の叙述の中に組み入れており、読み物としても非常に面白い。

 原書はプリンストン大学出版会から出ている「古代史における転換点」シリーズの1冊ということらしいが、他の巻は訳されるのだろうか(そもそも原書の続刊が現在出ていない状態ではあるが)。期待したいところである。
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鉄勒京二

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