近況・新刊情報と最近読んだ本など

 ここ最近哲学書ばかり読んでいる気がしますが、先日大阪に行った時に岩波の新・哲学講義シリーズが8冊揃いで3500円で古本屋にあったのでついつい買ってしまいました。読むべき本が芋づる式にずるずる出てくるのでしばらくはこの傾向が続きそうです(歴史書読むのをやめたわけではないのですが)。

 では、新刊情報。
 講談社8月、学術文庫には興亡の世界史シリーズの石澤良昭『東南アジア――多文明世界の発見』と神田千里『島原の乱――キリシタン信仰と武装蜂起』が収録される模様。
 国書刊行会から8月、なんと宮崎市定先生の評伝が。井上文則『天を相手にする――評伝宮崎市定』。井上先生、『軍人皇帝のローマ』でも宮崎先生から影響を受けた、みたいなことを書いておられましたがまさか評伝まで書いてしまうとは。

 以下、最近読んだ本。
 

■保苅実『ラディカル・オーラル・ヒストリー――オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践』
 サイード『オリエンタリズム』が終了したので読書会の次の課題図書にしようということになったのがこの本です。
 かなり問題提起がそれこそラディカルなのでブログのスペースで説明するのが難しいのですが、簡単にまとめると以下のようになります。
 現状の歴史学や文化人類学の実地調査にあたって、研究者はインフォーマントから提供された叙述を括弧にいれてしまう(例えば「『~~~』と彼らは考えている」、「『~~~』と彼らは信じている」など)ことが多々ありますが、彼らの叙述をそのまま歴史家による歴史分析として受け取ることはできないのだろうか。またその際、近代の超克として世俗主義は乗り越えられるべきではないのだろうか。などなど。なお注意しないといけないのは、著者は現状の歴史学の方法論を捨て去ろうとしているわけではなく、それと共存するべきもう一つのやり方を考えよう、と言っているところです。
 スピヴァクのサバルタン論とも絡むようですが(この辺不勉強なので個人的な課題です)、権力者側のコードに則らないと被支配者側が意見することすらできないという権力構造の問題点は、コードそのものが普遍的だよという顔をしている場合にはより見えにくいので、蒙を啓かれた気がします。
 ただまあ、真実性ではなく真摯性に基礎づけられた歴史を、という著者のスローガンはなかなか実現が難しいもののように思うので、そのあたり読書会で考えていけたらなあと。


■熊野純彦『レヴィナス入門』
 レヴィナスには割とてこずっていてこれで関連本は三冊目になります。熊野先生のレヴィナス本は現代文庫の『レヴィナス』を先に読みましたが、返す返すもあれは最初に読むべき本ではなかった……。
 本書はかなり噛み砕いてあるのと、斎藤先生の『レヴィナス――無起源からの思考』を読んだ後だったのでだいぶ理解が深まりました。レヴィナスの他者論は、ある種享受しようとしてしきれないような類のもの、ということになるのでしょうか。
 倫理も倫理の成り立ちの前提、という話であって、規範そのものを論じているわけではないあたり、哲学らしい哲学だと言える気がします。


■仲正昌樹『悪と全体主義――ハンナ・アーレントから考える』
■仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』
 アーレントは中公新書で矢野先生が出していた評伝的な本を読んで以来触れてなかったのですが、ハーバーマスとの関わりでちょくちょく名前が出てくるので読書。
 前者はもともとNHKの100分で読むシリーズの『全体主義の起源』を扱ったものだったようで、新書化にあたって『エルサレムのアイヒマン』についても検討する頁が追加されています。『全体主義の起源』が歴史的経緯から議論を組み立てていく本なので(フーコーなんかも似たようなやり方をしますが)、我々としては馴染み深い部類ですし、加えてテレビ番組で解説することが前提になっていることも併せて、非常に読みやすくわかりやすい本でした。
 後者は『人間の条件』、『革命について』、『精神の生活』などを叙述の中心に据えているので併せて読むとより理解が深まっていいかもしれません。
 こと、全体主義への抵抗の可能性が世界観の複数性と自由な公共空間によって担保されるという論は、最近の文系バッシングへの有力な反論となるのではないかと思います。


■仲正昌樹『ハイデガー哲学入門――『存在と時間』を読む』
■ジェフ・コリンズ『ハイデガーとナチス』
 上のアレント本もそうですが、仲正先生は、対象となる哲学者以前の哲学史を読者が知っている前提で書くということをせず、きちんと説明してくれるのでこのハイデガー本は初心者にもおすすめしやすい本になっていますし、私としてもありがたいところです。確かハイデガーについては学術文庫で出ていた解説本を読み通せずに投げた記憶があるのですが、本書は通読できた上だいぶ理解が深まったように思います。
 正直現象学についてはフッサールのイメージが強すぎて方法論的哲学であり、規範を扱うのは難しいと思っていたのですが、ハイデガーの場合実存主義のタームを用いて実存主義と似たような主張を展開している、ということを今回知りました。
 『存在と時間』は未完の大著で後半部分が欠落しているようで、書かれている部分だけだと現存在に関する実存の問題を扱っているように読めるのですが、それはあくまで議論の前提にすぎず、予定では存在一般について議論が展開されるはずだった模様。なので『存在と時間』を実存主義的に読むというのは素人くさいと評されるだろうと仲正先生自ら書いているのですが、この本はあえてその素人くさい方向を取って解説しています。
 レヴィナスの前提にハイデガー批判があるのですが、そのあたりも含めて勉強になりました。
 ジェフ・コリンズの本の方は、ハイデガーに触れるにあたって素通りはできないであろうハイデガーとナチスの関係の問題について考えるべく読書。
 ハイデガーの歴史(学)観において実存主義的な生き方として自ら過去を引き受ける、という思想がありますが、その過去というものが民族主義と結びついてしまえば確かに危険な方向に行くわなあ、というのが感想でしょうか。
 ハイデガーの伝記レベルの問題でももはや擁護のしようはあまりなさそうですし、批判的に読まざるを得ないところはどうしたってありますね。


■エドワード・W・サイード『文化と抵抗』
■エドワード・W・サイード『サイード自身が語るサイード』
 いずれもサイードへのインタビューで、前者はデイヴィッド・バーサミアン、後者はタリク・アリによるもの。
 バーサミアンからサイードへのインタビューは以前紹介した『ペンと剣』に続いて二冊目で、その事実上の続編ということになります。こちらは前書から引き続き内容が割と政治(特にパレスチナ問題に関わる諸々)に軸を据えており、時節柄9.11テロ関連の言及を含みながらもパレスチナ問題へ積極的な発言を晩年まで絶やすことがなかったサイードの人となりが見て取れます。
 タリク・アリのインタビューはバーサミアンのものとは違い、一日で行われたもので、もともとTV番組用のインタビューだったようです。番組では収まりきらなかったところを大幅に追加収録したのが本書である模様。こちらもパレスチナ問題への言及はもちろんあるのですが、彼の著書(特に『オリエンタリズム』)や、サイード個人の人生について、あるいはサイードは本格的な音楽評論も仕事にしていましたが、音楽関連についてのインタビューもされています。サイードという人物を多面的に見るには、こちらがおすすめとなっています。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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