蔀勇造『物語アラビアの歴史』


 中公新書の「物語○○の歴史」シリーズの一冊。副題は「知られざる3000年の興亡」。
 
 副題に「3000年」とある。中国やメソポタミア、エジプトならまだしもアラビアで3000年とはどういうことか。そもそも、西アジア史の通史・概説においてはアラビア半島の記述の出現はイスラームと共にであることが多く、またそもそもイスラーム時代以降に区切って話をするものも少なくない。イスラームの出現は紀元後610年のことであり、現在までの歴史は1400年ほどである。
 ところが、本書の前部、およそ350頁ほどの本文の半分以上を用いて示されている内容は、先イスラーム期のアラビア半島におけるダイナミックな歴史だ。半島の各地の碑文史料やアラビア半島について言及した外世界の史料の研究が進められ、その実像が明らかになりつつある。紀元前8世紀に登場したサバァ王国を皮切りに、先イスラーム期の諸王国の興亡が語られている(なお、インダス文明とメソポタミア文明の交易の中継拠点としてペルシア湾に存在したディルムン、マガン等とよばれる文明圏についてはさわりの記述のみでほぼ触れられていないので後藤『メソポタミアとインダスのあいだ』を併せて参照されたい)。
 時代がややくだるとサバァ王国に加え、ヒムヤル王国、ハドラマウト王国などの諸勢力が半島内で角逐し、それにパルティア/サーサーン朝、ローマ/ビザンツ帝国、そしてエチオピアのアクスム王国という三つの強大な勢力が互いに半島への干渉を競った。この中でもアクスム王国については半島という枠組みで見ているとつい忘れがちだが、紅海をはさんですぐ対岸の国であり、一貫した宗主権の行使、出兵、干渉などが見て取れる。著者の示すこの半島内に収まらない枠組みからは、紀元前のアラビア半島といえども世界の辺境ではなく、国際関係の中に組み込まれた地域であったのだということが分かる。

 著者の専門は先イスラーム期だが、その知見に基づいて、イスラーム勢力の勃興に関しても著者独自の見解が述べられている。
 従来、ビザンツ帝国とサーサーン朝による激戦で通商路の治安が悪化し、メインの通商路がメッカを含むヒジャーズ地方を通過するようになりそれがメッカの富の蓄積(と、貧富の差による人心の荒廃)に繋がり、イスラームおよびイスラーム勢力出現の前提条件となったとされてきた。しかし、著者曰くヒジャーズ経由の通商路の半島部東端はサーサーン朝に押さえられており、またメッカもヒジャーズ経由の通商路のメインルートからはややはずれている。
 では、何が原因なのかと言えば、先に挙げた大国間の勢力争いからの圧力に耐えかねたアラビアの人々が有る種の救世主願望が醸成されていた(本書の言葉を借りると「ネイティビスト・ムーブメントとよばれる運動の中のあるタイプ」が起こる条件が整っていた)のだろう、とする。状況証拠としてムハンマド以外にも同時代のアラビア半島に預言者を名乗った人物に率いられた勢力が複数あったことを挙げている。個人的にはただちに説得力を十全に認めることには慎重でありたいが、面白い説だ。

 以降、アラビア半島からはアラブ大征服の進展に伴い、メッカとメディナを中心とするヒジャーズ地方を例外として人口が流出してしまい、辺境の田舎へと逆戻りしてしまう(実際、第二次内乱を過ぎると通史・概説でも半島内の記述はなおざりになってしまうことが多い)。著者はイスラーム化以降の時代は専門外であると言いつつ、第一次、第二次内乱、そしてイエメン、オマーンの各政権、各王朝について一通り目配りし、第一次、第二次サウード王国、第一次世界大戦前夜のラシード家、サウード家、サバーハ家、ハーシム家などの角逐と、時間にそって欠落なく記述していく。先行研究をまとめただけとは著者の弁だが、それでもこの部分だけでも内容が濃く面白い。

 本書にとりかかるにあたっては、先に高校世界史B程度の「イスラーム史」の枠組みでの基礎知識はあった方がいいだろう。しかしながら、その知識の上に積み上げる内容としては類書もなく、西アジア史に関心のある向きには必読であるといっていい。実に優れた一冊である。
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鉄勒京二

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