近況・新刊情報と最近読んだ本など

 近況記事をしばらく書かないうちに読んだ本が12冊も溜まっていて下の長さがえらいことになってしまいましたが、まあそれはさておき。
 以前、NHK青春アドベンチャー枠で並木陽さんの『斜陽の国のルスダン』がラジオドラマ化されました。今回はなんと並木さんのラジオドラマオリジナル脚本で『暁のハルモニア』という作品が放送される模様。舞台は三十年戦争時代のヨーロッパのようで、放送は8月27日から。放送から1週間は聞き逃し放送もあるようなので要チェックです(『真田丸』で真田信尹を演じていた栗原さんがスウェーデンの宰相オクセンシェルナ役で出演されるそうで、個人的に注目しています)。

 では、新刊情報。
 明石書店から今月末、『幸福の智恵 クタドゥグ・ビリグ』。テュルク語による現存最古のテュルク・イスラーム文学作品が和訳されたようです。訳者は山田ゆかり氏。
 山川出版社9月、鈴木董『文字と組織の世界史――新しい「比較文明史」のスケッチ』。鈴木先生の『オスマン帝国の解体』なんかを読んでいると文字に着目した文化世界論を展開しているんですが、それがまとまった一冊の本のようですね。400頁近いのでけっこう歯ごたえのありそうなものになるようで。
 
 以下、最近読んだ本。
 

■石川美子『ロラン・バルト――言語を愛し恐れ続けた批評家』
 先に読んだ岡本『フランス現代思想史』が面白かったので積んでいたこちらも読書(大学時代、フランス現代思想のブームは完全に過ぎ去っていて全く触れなかったんですが、さて何の因果か)。
 レヴィ=ストロースやラカンなどと並んで構造主義の代表的な論客とされているバルトですが、活動分野が批評ということもあってバルトの思想というものがまとまった形で残されているかというとそうでもなさそうで、バルトの思想みたいなものを入門書として書こうとすると相当難易度が跳ね上がる気がします。本書はそういう方向を取らず、バルトの生涯を跡付けた評伝としての性格が強い本で、その中でバルトの業績に触れていくスタイルになっています。
 バルトについてはあまり知らなかったんですが、健康上の浮沈や、旅が彼に様々な影響を与えたことなど、結構波乱ある人生を歩んできたようで興味深かったです。
 中公新書はちくまや岩波に比べると哲学・思想関連は出版点数の面ではちょっと弱いんですが、出した本は割といいものが揃っていると思うので、今後共頑張ってほしいところ。


■ジョルジュ・アガンベン『実在とは何か――マヨラナの失踪』
 アガンベン、ちょいちょい名前は聞く(そして平凡社ライブラリーの『開かれ』を積んでいる)もののどういう思想家なのか全然知らなかったんですが、本書は表紙がかっこよかったので入手。アガンベンによる表題の文章の他に、問題となっているマヨラナの論文とカルダーノ『偶然ゲームについての書』が収録されています。
 不確定性原理の出現による決定論的世界観への影響を縦軸、それと絡んで論理物理学者エットレ・マヨラナの失踪事件を横軸に、アガンベンがマヨラナの失踪についてその「意図」を解き明かそうとしています。支配的な科学哲学の問題関心とは話が違ってくるのでしょうが、現在の自然科学が実在ではなく確率を問題とするようになってしまっている、では実在とは何か、というアガンベンの(そしてアガンベンの解釈通りならマヨラナの)問題提起は、なるほどなあというところ。
 相変わらず積んでいるイアン・ハッキング『表現と介入』を読まねばならぬ気がしてくる読書でした。


■スティーヴン・モートン『ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァク』
 保苅『ラディカル・オーラル・ヒストリー』を読んでいてスピヴァク、就中『サバルタンは語ることができるか』に触れておく必要性を覚えたのでまずは入門書から、ということで手にとってみた本。今回知ったんですがこれRoutledgeの叢書の和訳だったんですね。
 ポスコロの批評家としてサイードやホミ・バーバにも適宜触れつつ、スピヴァクの思想・主張について見ていくという方針。
 スピヴァク本人は相当の悪文家らしいんですが、その解説としてはいい本だったように思います。近いうちに原典の和訳も読んでおかねば。


■仲正昌樹『現代ドイツ思想講義』
■ホルクハイマー&アドルノ『啓蒙の弁証法』
 『現代ドイツ思想講義』の方はフランクフルト学派に詳しいということで、以前アレントやハイデガー関連の新書が非常に読みやすかった仲正先生の本ということもあって読書。内容の大部分がフランクフルト学派関連で、それはそれで良かったんですが、実に半分のページが『啓蒙の弁証法』読解に宛てられておりそこはちょっと想定と違っていました(まあ結局読んだんですが)。
 第二世代のハーバーマス、第三世代のアクセル・ホネットについては紹介の仕方は面白そうな感じなのですが詳細がいまひとつ。ハーバーマスはともかく、ホネットは原書の和訳はともかく入門書や解説がまだ出ていないのでもうちょっと詳しいとありがたかったかなあというところ。
 『啓蒙の弁証法』はせっかく仲正先生の本で読解の道筋がついたので和訳にあたってみようということで手を出してみました。ガイド付きで読んだわけではありますが、それでもなかなか歯ごたえが強く、半分くらいしか理解できた気がしません。ただ逆に言うと解説なしだとほぼ全く何も分からなかったと思うので、さしあたりはよしとしておきます。


■権左武志『ヘーゲルとその時代』
 上の『啓蒙の弁証法』もそうですが、ヘーゲルについての予備知識が少ないといろいろ問題が多いのでは、ということでヘーゲルの入門書になにか触れておこうということで芋づる式に。
 しかし、『精神現象学』、『法哲学綱要』、『歴史哲学講義』、まとめて新書一冊で解説するのちょっと無理があったのではないかなあみたいな感想が。ただ、時代の中にヘーゲルの思想を位置づけていこうとする著者の態度自体は歴史学に傾倒している人間としては理解しやすいところ。別の本でヘーゲルについてもう少し勉強してから再読したい本です。


■斎藤慶典『私は自由なのかもしれない――<責任という自由>の形而上学』
■斎藤慶典『力と他者――レヴィナスに』
 『私は自由なのかもしれない』、だいぶ表紙が毒々しいカラーリングですが、斎藤慶典先生の最新刊です。斎藤先生がメチエで出している三部作(それぞれフッサール、レヴィナス、井筒俊彦についての本)を先に読んでおいたので難しいことやってる割には理解が進みました。
 本書では、ハイデガー、ヨナス、アレント、レヴィナスの所論相互に加えて著者の見解を含めて突き合わせ、自由意志論、他者論、主体論などの交錯するところに責任=自由論を打ち立てようと試みています(「可能性としてのみ、しかし常に開かれている事態」、明言はありませんでしたがやっぱレヴィナス由来なんでしょうかね)。
 「他行為可能性や他意可能性がないとしても自由はあくまで可能である」とする部分の論理展開はアシュアリー神学派の運命獲得論を理解するとっかかりになりそうで、個人的な収穫でした。
 横のものを縦にするだけではなく、本人が哲学しており、その仕方も含めて実に斎藤先生らしい一冊になっているように思います。著者本人のあとがきによると、これを一般人にも読めるようにしようと提案したのは編集の人らしく、個人的にはそのお蔭で本書を読んでそれなりに理解することができたと思うので、拍手を送りたいところ。
 『力と他者』の方は斎藤先生のレヴィナス本ですが、「語りえないもの」を取り扱おうとしているレヴィナスの仕方で、「語りえないもの」に向き合ってきた哲学史を踏まえて、レヴィナスとともに思考していこうとする試みです。メチエの『レヴィナス――無起源からの思考』よりも前の出版なので、やや読者に伝えられる言葉にしきれていないところがあるような気はしますが、併せて読むと理解が深まっていいのではないでしょうか。特に斎藤先生流の視点からの哲学史の整理は面白い部分です。


■ステュアート・シム『リオタールと非人間的なもの』
■ステュアート・シム『デリダと歴史の終わり』
 『リオタールと非人間的なもの』は、ジャン=フランソワ・リオタール、歴史学の文脈では『大きな物語』の終焉という論でしょっちゅう名前を見るものの具体的にどういう思想を提示した人なのか、歴史学に絡まないところではさっぱり知らなかったので読書。
 本書ではIT技術・機械工学などの非人間的なものがヒューマニズムを侵食していく過程に対して警鐘を鳴らすリオタールという面が示されています。ヒューマニズムを擁護するリオタールに対してサイボーグ・フェミニズムの論者ダナ・ハラウェイを対置して比較しているのは、図式的な整理ではありますが理解しやすいところでした。
 『デリダと歴史の終わり』はフランシス・フクヤマを中心とした「歴史の終わり」論に対して、デリダが痛烈に批判していることを取り上げた一冊。デリダにしては珍しく政治的な発言もしており、そのあたりも読みどころ。
 いずれにしても、やはりポストモダンブックスシリーズはすぐ読めるし文章が分かりやすいのでいいですね。


■冨田恭彦『ローティ――連帯と自己超克の思想』
 冨田先生の本は『カント入門講義』が読みやすかったのもあり、積んでいたローティ本を消化。
 リチャード・ローティという哲学者、渡辺先生の『リチャード・ローティ=ポストモダンの魔術師』を読んだ時の他分野に跨って縦横無尽に書き散らしていく論客というイメージが強かったんですが、本書でも著者がヒラリー・パトナムに手紙であなたの見解はローティの立場に近いものがいくつもあるのにどうしてローティと対立することになるのか(大意)と聞いたら「ローティに「立場」などない」と返されたくだりがあり、思わず笑いました。
 言語論的転回に関するローティの理解と、それについての著者の説明はわかりやすく、ここが一番の収穫だったかなと。ただ、哲学以外の人文系・社会科学系の学問への接続についてはもうちょっと考えたいところです。
 なお、ハーバーマスとロールズの論争にローティが首を突っ込んでいる件について興味があったのですが、それは本書には記述はありませんでした(やはりこれは渡辺先生の『ポストモダンの魔術師』が詳しいですね)。


■小牧治・村上隆夫『ハーバーマス』
 ハーバーマスの名前がタイトルになっている概説書はとりあえず読んでいますが、本書は清水書院の「人と思想」シリーズの一冊。このシリーズ、今までスルーしてきたんですがアドルノやホルクハイマー、ベンヤミン、フロムなんかのフランクフルト学派関係者を扱った巻が充実しているので追々読んでいきたいところです。
 それはさておき、本書は時系列順で著書毎に解説していくスタイルなので、ハーバーマスの原典の和訳を読む時には位置づけがわかって便利だと思われます。概説書で並べてみると詳しいのは中岡『増補 ハーバーマス』、分かりやすいのはフィンリースン『ハーバーマス』、便利なのは小牧・村上『ハーバーマス』といった感じでしょうか。
 また、本書ではハーバーマスのフーコー批判が解説されており、ここが面白かったところでした。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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