スハ・ラッサム『イラクのキリスト教』


 キリスト教が産まれたのはレヴァント地方で、地理的には西アジアに属する。イラクはキリスト教の発祥地からほどなくのところにあり、当地でのキリスト教も長い伝統を持つがその実態については等閑視されがちである。本書は、北イラクの大都市モスル出身のクリスチャンである著者が、その歴史から現在おかれている状況までを述べた一冊だ。
 
 いわゆる中東のキリスト教についてはエジプトやエチオピアのコプト教会、レバノンのマロン派などが現代情勢との関わりもあって比較的よく知られているだろう。だが、本書が主に扱っているのは東方教会(いわゆるネストリウス派、現在ではアッシリア東方教会と呼ばれることが多い)、シリア正教会(いわゆるヤコブ派)などだ。
 時間的にはキリスト教の誕生から説き起こし、地理的にはイラクへの伝播、そしてイラクの教会がハブ、あるいは中心となって布教を行ったペルシア、中央アジア、中国などにも視点が及んでいる。分野においても純然たる教義史・教会史ではなく、政治との関わりや文化への貢献(特にアッバース朝時代黄金期)、そして活躍した人物など、目配りは広く、これ一冊でかなりの範囲をカバーしている。
 近現代においては他教派との関わり、対話などにも触れられ、イラクのキリスト教が今なおアクチュアルな問題を持ち続けていることが示されている。

 一部、キリスト教に関わりのないところでの事実誤認があったり(たとえばティムールがチンギス・カンの子孫を自称した、と述べられているが事実に反する)、こちらは訳者の浜島氏の問題なのだがアラビア語由来の単語の表記ゆれが統一されていなかったり(『岩波イスラーム辞典』を参照したとのことなので、できる範囲での努力は認められるものの)するので、そのあたりは気をつけたい。しかし、類書がない本であることに変わりはなく、イスラーム一色に塗りつぶされているわけではない西アジアの歴史を知る上でも、興味のある向きは熟読すべき一冊であると言えるだろう。
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鉄勒京二

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