小松久男『革命の中央アジア』


 ロシア革命と相前後して中央アジアもまた革命の動乱に巻き込まれた。その動乱の中、中央アジアでは主体的に自らの歴史を作り出そうとする動きが始まっていた。本書は、そのムーブメントを起こしたジャディードと呼ばれる知識人たち、就中アブドゥラウフ・フィトラトを中心に近代中央アジアの歴史を読み解くものである。
 
 とは言え、著者は似たテーマを扱った近著『近代中央アジアの群像』(以下、『群像』)を既に物している。一方本書は1996年の出版で、20年以上前の本ということになる。では、本書を今あえて読む意味はどこにあるのだろうか。

 ひとつは、『群像』が100頁ほどの小著であるのに対し、本書は300頁弱の厚みがあるため、当然ながらより詳しい情報を含んでいる。また、『群像』が近代中央アジアの知識人四名(フィトラトを含む)にほぼ平等に記述を割り振っているのに対し、本書はフィトラトに重点を置いているため、具体的な人物を通して当時の中央アジアとそれを取り巻く環境(特に帝政ロシア・ソヴィエト)を見ることができる。
 両方に関わってくることだが、興味深いのはブハラ・アミール国が革命によって倒れた後、ソ連の構成国家としてのウズベク共和国へと解消されてしまうまでの間に存在していたブハラ共和国についての記述だろう。フィトラトもこのブハラ共和国で要職に任じられ、ベルリン、イスタンブルへの留学生の送り出しや文化・教育事業に取り組む。しかし、彼はロシア共産党から危険視され、職を追われることとなる。
 その後のフィトラトは学術的な仕事に専念しており、この時期のフィトラトの活動についても本書はより詳しい。主要な著作の紹介や、それに対する政治的な批判(言うまでもないことだが、学術的批判ではない)、そして批判への反駁など。当然ながら文化事業は中央アジアの民族意識を育む方向性を持っていた。

 『群像』では現代中央アジアの民族的なアイデンティティが産まれた時こそこの時代であると述べられていたが、特に本書では(ソ連時代には伏流となっていたとは言え)その流れを作り出した一人の人物としてのフィトラトについて知ることができると言えるだろう。

 なお本書にはフィトラトの他に、ルスクロフ、ベフブーディー、トガン、アブドゥルレシト・イブラヒムといったお馴染みの面々も登場する。『群像』を読んでフィトラト以外の人物に興味を持った人もやはり本書を併せて読むのがいいだろう。
 一方、20年以上前の本である以上、古い情報もあり、本書を先に読んだ人にも『群像』と併読することをおすすめしたい。
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鉄勒京二

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