薩摩真介『〈海賊〉の大英帝国』


 副題は「略奪と交易の四百年史」。

 「海賊」。歴史学の文脈でその言葉に言及する時、胡乱なイメージがつきまとう。通商をメインに考える経済史にとっては例外的な存在でしかないし、英雄史観にとってすら(確かに実在の確認できる高名な海賊は存在するのだが)世界史的個人とみなされるような人物は海賊と呼ばれる者の中には少ないだろう(フランシス・ドレイクなどは例外だが、彼は厳密に言うと本書の定義では海賊ではなく私掠者である)。というわけで、真面目に取り上げようとすると案外海賊とは難しい存在である。

 本書は、合法的に行われる略奪(私掠および海軍による拿捕)と海賊行為を峻別し、国家による略奪の管理化を国際法・国内法の両面から見ていきつつ、具体的な私掠者や海賊たちの経歴にも触れていくという方針を取る。海上社会史、海上法制史といったところか。扱われる期間は近世から20世紀初頭までのおよそ3世紀。
 記述の多寡を問わなければ出てくる私掠者・海賊はフランソワ・ロロノワ、フランシス・ドレイク、ジョン・ホーキンズ、ヘンリ・エヴリ、バーソロミュー・ロバーツ、ウィリアム・キッド、エドワード・ティーチ、アン・ボニーとメアリー・リードなどなど。社会史、経済史は個人名が出てこず砂を噛むような分析に終始することもままある(研究書ならば別にそれでよい)。だが、本書では当時のイングランド社会および国際社会を描き出し、その中に海賊・私掠者の活動を位置づけており、一般書として興味をそそるバランスが取れていると言えるだろう。
 また、イギリスにおける海事史の研究成果の紹介も多く、例えばよく言及される海賊船内での意思決定や獲得物分配における民主性についてもその理由について経済的理由を挙げる説や、当時の平均的な水夫の境遇悪化へのアンチテーゼだったとする説などを紹介しつつ、利害調整機能が海賊船で働いていたことを示している。
 後半は国家による海上略奪統制の歴史に記述の中心が移り、活劇調の記述は影を潜めるがこちらはこちらで紆余曲折を経て海上の秩序が出来上がってゆく様が興味深い。

 強いて言うなら、ないものねだりかもしれない部分ではあるのだが同時代および以後の時代における海賊イメージの変遷なども記述があれば嬉しかったところだ(ブラックサム・ベラミーが義賊的に表彰された事例など面白い)。とは言え、本書は海賊(と合法的な海上での略奪)というテーマを、それもかなり長いタイムスパンで記述するという日本語では稀に見る著作であり、その読みやすさとも相まって海賊という言葉に惹かれる人にはぜひ読むべき一冊となっていると言えるだろう。
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鉄勒京二

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