小笠原弘幸『オスマン帝国』


 オスマン帝国通史。副題は「繁栄と衰亡の600年史」。
 
 オスマン帝国はイスラーム諸政権の中でも日本語の概説書に恵まれている。古くは鈴木董『オスマン帝国』があるし、最近では林佳世子『オスマン帝国 五〇〇年の平和』が注目すべき一冊だった。ただ、600年以上存続した帝国にあって、それぞれの時代をまんべんなく均等に記した通史はあまり存在しない。本書は、紀伝体の本紀に近い形で各スルタンの時代を順を追って述べており、特に手薄になりがちなベイリク時代、またスレイマン大帝より後、近代に入るまでの時代についても一定の頁数が割かれている。このあたりは年代記研究者である著者の得意とするところなのだろう。

 本書の叙述にあたって軸となっているのは、冒頭で示されている通り三つ、すなわち①王位継承、②権力構造、③統治理念である。①王位継承については、実際の政治史の他、王位継承のシステム(有名ないわゆる兄弟殺しなど)の変遷が語られている。②権力構造では、スルタンを中心とした政治から、党派間のパワーゲームへの変化が示される。③統治理念については、オスマン帝国がいかに権力を正統化していたかが主眼となる。
 権力構造との絡みで社会史にも話が及んでおり、中期以降、統制が弛緩し専横を強めていったイメージのあるイェニチェリが、実は一方で市民の声を代表する中間団体として機能していたという指摘は面白い。またティマールから常備軍への傾斜により現金収入確保の必要性が生じたため出現した徴税請負制についてはおそらく類書の中では一番よくまとまっている。
 スレイマン大帝期より後、衰退期とされがちな時代において実は帝国の諸機能の再編が行われていたということは林『五〇〇年の平和』でも指摘されていたが、こちらも本書のほうがよりすっきり整理されていて分かりやすい。
 一方、一定の時間幅がある文化史方面はやや弱く、この点は永田雄三氏の『成熟のイスラーム社会』のオスマン帝国部分を読んで補完するといいだろう。

 近現代部はこの時代のみを扱った本も多い(新井政美氏の一連の著作や鈴木董『オスマン帝国の解体』など)が、他書へ進むフックとなる記述も多く通史として理想的なつくりになっていると言える。

 一部、重箱の隅をつつくような指摘をしておけば事実誤認もあるのだが(59頁の記述:ティムールが傀儡化したのは正しくはオゴデイ系の王族でチャガタイの直系ではない)、そこを除けば最近の研究成果を様々に盛り込んであるので、オスマン帝国に興味を持った初心者はもちろん、オスマン帝国についてある程度予備知識のある向きも必読の一冊となっていると言えるだろう。
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鉄勒京二

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