近況・新刊情報と最近読んだ本など

 去る2月16日、大阪梅田の某所で開かれたトークイベント「「学問2.0~交錯する理系知と文系知」第3回 ~学問は役に立たないといけないの?役に立つの?いやそもそも役に立つってどういうこと?」に行ってきました。普段土日は仕事なのでこの手のイベントには行けないことが多いのですが、今回はたまたま休日だったので開催4日前にイベントの存在を知ってそのままチケット取って突撃しました。
 内容は書籍化の可能性があるとのことなのでそちらに譲りますが、著書を買って伊勢田先生にサイン貰ったりできたのもあり行ってよかったなあと思います。

 もう一件、ワラキア公ヴラド3世を主人公にしたマンガ『ヴラド・ドラクラ』の二巻が出ました。登場人物がほぼ全員オッサンという渋すぎるマンガですが、ワラキア内の権力闘争や周辺大国との関係など面白い描き方になっているのでぜひしっかり続いてほしいものです。

 『ハルタ』はこれに限らずいい歴史ものをたくさん連載しているので頑張ってほしい雑誌のひとつですね。

 さて、新刊情報。
 井筒俊彦も亡くなってかなり経ちますが未だ関連本が沢山出ますね。
 先日『神秘哲学』が岩波文庫に収録されたばかりですが、今月は『意味の深みへ』が文庫化されるようです。解説が斎藤慶典先生なのでこれも楽しみ。
 集英社新書3月、重松伸司『マラッカ海峡物語――ペナン島に見る多民族共生の歴史』。著者の重松先生はインド世界の研究者の方。
 中公新書3月、河上麻由子『古代日中関係史――倭の五王から遣唐使以降まで』。
 山川出版社3月、歴史の転換点シリーズ小松久男[編]『1905年 革命のうねりと連帯の夢』。次の配本は第10巻のようです。予定は30日になっていますが、まあ山川のことなので翌月にずれこむくらいは想定しておくべきかなとは。
 岩波書店3月、日本のなかの世界史シリーズ、油井大三郎『平和を我らに――越境するベトナム反戦の声』。

 中国史関連も活発なようです。先日立ち上げられたばかりの志学社から吉川忠夫『侯景の乱始末記』が未収録稿も加えて復刊予定との由、予定は初夏頃とのこと。
 勉誠出版3月、アジア遊学シリーズの最新刊は山田敦士[編]『中国雲南の書承文化――記録・保存・継承』。多文化世界としての雲南をテキストという面から見た一冊になっているようでなかなかおもしろそうです。また同社のTwitterによると「中国史書入門 現代語訳」シリーズでは『新唐書』が作業中の他、『北斉書』の刊行も決定しているようです。

 以下、最近読んだ本。
 

■王前『中国が読んだ現代思想――サルトルからデリダ、シュミット、ロールズまで』
 半ば予想しながら読んだんですが、やはりこの本、哲学に興味のある人よりも現代中国ウォッチャーや中国現代史に関心のある人向けの本ではないかなあと。文革以降、80年台~21世紀初頭にかけての中国の西洋現代思想受容について通史的に概観した一冊となっています。
 西洋思想の受容や研究に不自由な中国というイメージがありますが、それも時代が下るに従ってかなり許容範囲が広くなってきているようで、初期のマルキシズムにこじつけて思想を紹介していた頃からすると今はもはや隔世の感があるようです。
 扱う現代思想が幅広いので勢い各項目については駆け足になりがちですし、その点では概観以上のものではないのですが、それはそれとしても著者自身が80年代の中国における現代思想受容の熱気を知っている人物だけあって、当時の読書人たちの、そして今なお著者自身が信じて憚らない理性への希望を熱く語っている部分にはやはり感慨深いものがあります。文革の時代を経て、その反省への答えと知的営為の再建を求める中国の人々が現代思想に群がったのは、地に足の着いたアクチュアルな営みだったのでしょう。
 本書の末尾にはちらっとマイケル・サンデルの中国訪問時の熱気についても触れられていますが、『サンデル教授、中国哲学と出会う』のはしがきを読むとその具体的な様子がわかります。王前氏は80年代を古き良き時代として回顧していますが、10年代となってもなお、まだまだその勢いは健在のようです。 


■オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』
■中島岳志『オルテガ『大衆の反逆』――多数という「奢り」』
 右派と言えば戦前の日本の右翼関連のものばかり読んでいたのですが、NHKの番組、「100分de名著」でオルテガが取り上げられていたのでちょうどいい機会かと思いテキストと一緒に『大衆の反逆』和訳も読んでみました。人は誤るからこそ漸進的な生活知、伝統を重視するというオルテガ流の保守思想の要は分かりますし、水平化・同調圧力を志向する「大衆」を批判し他者との共存を重視して全体主義を批判するところには一理あるとは思います。
 ただ、オルテガ流の他者はどちらかと言うと出る杭タイプの人間で、オルテガの言う「環境」を共有しない亡命者のような存在についてどう扱うのかはっきりしなかったり、ドラスティックな改革を求める思想にも「思想史上の伝統」のバックグラウンドがあるということについて等閑視しているないし意義を見出していなかったり、また経路依存性によって伝統が局所最適解に陥って漸進的な改良ではより良い方向へ変更できない場合の問題を無視していたりと、ちょっと共感できないなあという部分は諸々ありました。
 なお、中島先生の解説書の方は要点を拾い上げてまとめてあるのでとても分かりやすく良い本です。オルテガに好意的なのでやはり個人的に合わない部分はあるのですが、現代日本の保守派がオルテガの要求したものを全く満たしていないという指摘はなかなか痛烈なものなのではないでしょうか。


■仲正昌樹『マックス・ウェーバーを読む』
■マックス・ウェーバー『職業としての政治』
 『マックス・ウェーバーを読む』は毎度おなじみ仲正先生。ウェーバーの主要著作ごとに章立てしてあって各著作を順に解説していく形式です。個人的な話ですが、もう八年くらい前に岩波新書の『マックス・ヴェーバー入門』を買って勉強しようと思ったら難物すぎて放り投げて以降ウェーバーを敬遠していた記憶があります。ウェーバーも亡くなってから長いだけあって研究上の論点も色々あるのでしょうが、初心者としてはやはり素直にウェーバーの著作を解説してくれている本が読みたいわけで、その意味では本書はとてもいい本でした(ウェーバーに一家言あるような人には食い足りないかもしれませんが)。
 『職業としての政治』はベンヤミンの暴力批判論に関わってくるらしい、ということを仲正先生の本で知ったので読書。新訳も出ているようですが、岩波文庫の訳でも十分わかりやすいですね。


■伊勢田哲治『科学哲学の源流をたどる――研究伝統の百年史』
 上で書いた通りトークイベントで購入したサイン本です。
 科学哲学史というと科学史の議論と哲学史の議論の双方を押さえる必要があって非常に難解そうなイメージなのですが、本書は19世紀に科学哲学が発生した時の問題から説き起こしており、予想に反して非常にわかりやすい本になっています。
 伊勢田先生の文章が分かりやすいということもあるのですが、そもそも科学哲学の議論は今でこそ哲学者の専売特許のようになっているものの、当時は科学者側の議論もあり、常識的な科学観から始まる上に、科学の問題にしても現代の量子力学のようなものはまだまだ出てこないので文系としても理解しやすいものとなっている模様。
 上のような事情で科学者もたくさん出てきて議論に参加するので科学史が好きな人にもおすすめです。なお意外なことに社会科学の哲学にも少しですが言及があります。一方、ある時期以降のフランスの科哲の議論はメインストリームから外れるそうで、バシュラールなんかは最近ちょっと興味があるのですが、本書では名前が出てくるだけで素通でした。


■ジャック・デリダ『歓待について』
 まあ予想してたことではありますが、ぶっちゃけてしまうと通読したものの何を言っているのかいまひとつよくわかりません。
 無制限の歓待というアポリアの一方、制限付きの歓待の望ましくなさ、この狭間でどう身動きするのか、というような話だと思うのですが……。
 どちらかと言えばアクチュアルな問題(移民・難民など)に向けて論じている講演録とのことなのですが、実地的な政治哲学ではなく、形而上学的傾向の強い他者論で論じようというところがデリダらしいというかなんというか。


■アイザイア・バーリン『ハリネズミと狐――『戦争と平和』の歴史哲学』
 バーリンと言えば『自由論』において積極的自由と消極的自由の概念を提唱したことで知られている哲学者ですが、非常に手幅が広く、色々な文章を書いています。本書はロシア文学論でトルストイが『戦争と平和』において歴史に見出していたものを論じた一冊。
 一般にニヒリストと評価されるトルストイですが、バーリンの見立てではむしろ確固たる地盤を求めてあらゆるものを爆破していったので破壊的に見えるだけで、そもそもは地盤を求めているところに軸足があるよ、という話をしています。
 薄いのでさらっと読めますが、肝心の『戦争と平和』が未読なのでそちらを読む機会があればこの本もまた再読しようと思います。


■重田園江『社会契約論――ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ』
 最近出版された社会契約論の概説書、探してみると案外見当たらないもので、本書は数少ない例外。著者の重田先生曰く、現代社会では社会をどう作るか/社会がどう作られたかよりも、どう運用していくかの方が関心事になりやすいので社会契約論はあまり注目されないということのようです。
 サブタイトルを見るとホッブズとルソーはともかく、ロックを飛ばしてヒュームとロールズとなるとちょっと疑問符が浮かぶ並びとなっています。これはヒュームについては彼が反(社会)契約論の立場を取っている関係から、ホッブズおよびルソーとの対比をすることによって社会契約論の特徴がよりよく浮かび上がってくるということの模様。一方、ロールズはロールズのルソー理解を引いて、ルソーの「一般意志」についてはロールズ流の原初状態からの説明が適切であると著者が考えているからの模様です。
 分かりやすい文章で社会契約論について(やや著者の見解が強いところもありますが)述べられており、社会契約論について知るのにオススメの一冊となっています。


■野矢茂樹『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』
 ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』と言えば言語論的転回に触れる上で避けては通れない本ですが、何せモノが晦渋でなかなか手が出ない(内容が難解なのはもちろん、ウィトゲンシュタインの書き方がかなり不親切というか不器用)一冊でした。
 本書はその『論理哲学論考』を引用しつつ解説を進めていくというありがたい本です。私自身は分哲について先に少し触れていたのでわかりやすかったのもあると思いますが、それを差し引いても初心者がウィトゲンシュタインに触れるならこの本はオススメの一冊だと思いますね。
 『論理哲学論考』はウィトゲンシュタイン前期の著作なので、後期についてはまた別に読まないといけないのですが、それはそれとしていい読書になりました。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
西アジア史が好きな一介の歴史好き。歴史理論にも興味があり哲学関係の本も読みます。
望月桜先生の『囚われの歌姫』を考証面でお手伝い中。

当ブログは管理人が読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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