小松久男[編]『1905年 革命のうねりと連帯の夢』


 山川のシリーズ「歴史の転換期」の第六回配本。
 
 こんなタイトルだが、中身はほぼ歴史的イスラーム世界の話が中心となる。
 第1章がイラン立憲革命とサッタール・ハーン、第2章がロシアのムスリム知識人、第3章がインドのムスリムの動向、特にムハンマド・イクバール、第4章がオスマン帝国、ギリシア、そしてクレタの憲政の展開の相互関連となる。ひとくちにイスラーム世界と言っても東西南北に広く、ヨーロッパ諸勢力との関わりにしても、在地ムスリムの伝統的な環境にしても大きく異なる。共通しているのは専制であったり帝国主義であったりへの「抵抗」ということになる(無論それはイスラーム世界に限った話ではなく、他のアジア・アフリカ諸地域も同じことだ)。

 どの章も独自色が出ており面白いが、特に第4章は執筆が藤波伸嘉氏ということもあって、第二立憲制期のオスマン帝国の憲政史を中心としているのかと思って読み始めたところ、意外なことにクレタ島という舞台における憲政と後のギリシア首相ヴェニゼロスから説き起こし、クレタ、ギリシア、そしてオスマン帝国からトルコ共和国にかけての憲政の相互関連について論じており興味深い。
 主権国家体制が広がる中で、半主権、あるいは宗主権という概念が生み出されていく(このあたりは岡本[編]『宗主権の世界史』を参照)が、クレタというギリシアとオスマン帝国の間にあって曖昧な立場であった地域が独自の憲政を展開しており、これがオスマン帝国やギリシアにも影響を与えていく。
 また、イスタンブルにある正教のトップである世界総主教座が、世俗国家の独立とセットで正教が国家毎に分離する傾向を警戒し、オスマン政府と領土保全で歩調を合わせていたということなどは、しばしば見かけるようになった論点だが概説書で記されているのはこれが初めてであるように思われる。
 よくまとまっているものの、頁数の都合上駆け足の部分もあるので新井『憲法誕生』および村田『物語 近現代ギリシャの歴史』と併せて読むと理解がより深まるだろう。

 第1章はイラン立憲革命の中でサッタール・ハーンというルーティー(侠客)が果たした役割について述べられている。立憲革命そのものについての予備知識はあったほうがいいかもしれないが、侠客という存在がたしかに歴史の表舞台にたった時期があったということを確認する意味で面白い。これは、張作霖を生んだ満洲馬賊に通じるものがあるように思う(澁谷『馬賊の「満洲」』参照のこと)。なお、立憲革命期のイランを舞台にした小説としてマアルーフ『サマルカンド年代記』がある(前半部分はオマル・ハイヤームを主人公としており、立憲革命を扱うのは後半部分となる)。
 第2章はロシアのムスリム知識人についてだが、「ロシア・ムスリム」という枠組みに重点を置いており、ジャディディズムに焦点を合わせていた『革命の中央アジア』などとは違った視点からこの時代を見ることができる。
 第3章は独立以前の近代インドにおけるムスリム知識人の動向、就中ベンガル分離に伴うヒンドゥー教徒らとの関わりの変化などに注目している他、ムハンマド・イクバールを代表として取り上げ、彼の志向がナショナリズムからパン・イスラミズムへと変化していく過程も述べられている。

 通史・概説のシリーズものでこの時代のイスラーム世界について広く目配りした本は実はあまり見当たらないので非常に貴重な一冊であると言える(第1章と第2章は『イラン近代の原像―英雄サッタール・ハーンの革命』と『革命の中央アジア―あるジャディードの肖像』及び『近代中央アジアの群像』という単著があると言えばあるが、3章4章は類書がおそらく一般向けでは無い分野だろう)。
 本書を読むことによって、近代という時代において、世界がつながる中でイスラーム世界も世界中の様々な動きと連動していること、またその一方で「イスラーム世界」が地域によってなお多様な顔を持っているということが分かるだろう。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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