近況・新刊情報と最近読んだ本など

 しばらく記事を書かないうちに読んだ本が溜まってしまいました。こまめに書かないといけないとは思うのですが。
 世間は史上初の10連休だったそうですが、私は普通に仕事でした。やれやれ。

 さて、新刊情報。
 勉誠出版5月、アジア遊学シリーズにて古松崇志・臼杵勲・藤原崇人・武田和哉[編]『金・女真の歴史とユーラシア東方』。契丹・遼に続いて金・女真の特集号ということになります。この調子でタングート・西夏も出してほしいところ。
 青土社ユリイカ6月号は『「三国志」の世界』ということで特別展「三国志」に便乗して特集が組まれているようです。金文京先生や渡邉義浩先生が参加しているようで面白そうです。
 講談社選書メチエ6月、藤澤房俊『地中海の十字路=シチリアの歴史』。
 ミネルヴァ書房5月、村井祐樹『六角定頼――武門の棟梁、天下を平定す』。同6月には臼杵陽『日本人にとってエルサレムとは何か――聖地巡礼の近現代史』。
 平凡社5月、中世思想原典集成精選の4巻『ラテン中世の興隆2』。イスラーム哲学についてもこの巻に収録されるようです。
 ちくま学芸文庫6月、岡本隆司『増補 中国「反日」の源流』。元はメチエで出ていたもの。版元は変わりましたが増補版が出るようで。
 時期は未定ですが、知泉書館からリウトプランド『コンスタンティノープル使節記』の和訳が出るとのこと。
 

■岡本隆司『腐敗と格差の中国史』
 またキャッチーかつちょっとトンデモ気味のタイトルですが、そういうタイトルで比較的真面目な話をするのが岡本先生の言ってしまえば芸風なので、まあいつものことと言えばいつものことです。
 中身はと言えば中国の官僚制の制度史が少しと、それに関わる社会史が過半という構成。秦代から近現代まで新書一冊で書いてしまうという割と強引なことをやっているので、痒いところに手が届く類の本ではないですが、見通しは非常にいい本となっています。
 中国は伝統的にチープガバメント(小さな政府)を志向しており、また地方での割拠を防ぐために官僚の定期的な配置換えを行っていて、勢い在地の利害関係に関与する能力が低く、そこに官僚たるエリート(士)と、統治される側である大衆(庶)の間に乖離ができてしまい、その乖離を埋める鎹としていわゆる胥吏のような人材やある種の非公式な付け届け、賄賂などの財が発生し、それが構造的不正を温存する形になっていましたよ、というのが基本的な議論です。
 この本で微妙なところが孫文の評価で、一面では西洋由来のセンスによって上で書いたような構造的問題を記していることを紹介し、また「革命未だならず」の言葉を引きながらも、果たして一方で現実問題として革命においてそれを是正するという観念が「孫文本人もふくめ、いかほど知識人の間に存在、定着していたのか」と疑問視しています。
 社会的にはともかく、孫文本人がどうだったのかというのはこの本の中で詳細に検討されているわけではないので、ここを検討するには孫文関連の本を読み直す必要がありそうな気がしますね。いずれ手を付けたいところ。


■ジグムント・バウマン『コミュニティ――安全と自由の戦場』
■ジグムント・バウマン『社会学の使い方』
 今更ですがサンデルに手を出してコミュニタリアニズムについてさわりを知ったので、それと関連して何か面白い本はないかなと思っていたところ、書店でバウマンの『コミュニティ』を見かけたので購入してみました。
 バウマン自身については名前は知っていたもののどういうことを言っている人なのかはよく知りませんでしたが、リキッド・モダニティ論を立ち上げ、独自の批判的社会分析を行っている人との由。現代社会学でもルーマンなんかはシステム内部の動きとは別にシステムの構造は静的に説明しますが、バウマンはハーバーマスらのように現在の社会が形成されていく過程についての歴史的な説明をしますし、また社会批判も行います。見通しについてはあまり明るくありませんが、それでも人間性というものに望ましいものを見ているあたりはある種の近代擁護なのだろうなあと。このあたりは批判理論の流れを汲んでいるようです。
 なお、コミュニタリアンに対しては割と敵対的で、個人を埋没させてしまう型の多文化主義(属する文化を自身で選択すべきという型の多文化主義とは別)が、固有の文化を尊重するという名目のうちに個人の抑圧を隠蔽してしまうという点を指摘していたりします。
 『社会学の使い方』の方はバウマンに対するインタビュー集となっていて、バウマンの姿勢をざっくり把握する分にはわかりやすく便利な一冊となっています。


■山本圭『不審者のデモクラシー――ラクラウの政治思想』
■水島治郎『ポピュリズムとは何か――民主主義の敵か、改革の希望か』
■スラヴォイ・ジジェク『大義を忘れるな――革命・テロ・反資本主義』
 シャンタル・ムフの『左派ポピュリズムのために』が巷間で話題のようなので、ラディカル・デモクラシー/ポピュリズム関連で三冊。山本先生の本はムフとコンビを組んで仕事をしているエルネスト・ラクラウの政治思想について、ムフとの相違点なども考慮しながら解説した一冊。言ってしまえば制度内民主主義に疎外されている人々の意志を吸い上げるものとしてポピュリズムを定義しているのがラクラウの議論で、闘技民主主義論において敵対性を前提としつつもその敵が「承認された敵」でしかなかった(当時の)ムフの議論や、そもそもラクラウとムフが批判しているような合意への収斂を前提とした熟議民主主義論(ハーバーマスやロールズ)との違いがよくわかるようになっています。
 水島先生の本の方は、理論的な話よりも実際に世界各国(日本も含む)の政治の現場で起こっているポピュリズム的現象について(理論も参照しながらですが)分析したもので、具体的なイメージを固めるためにはまずこれを読んでおくといいのかなという本。
 ジジェクの本はムフの本のフェアで一緒に並んでいたので買ったのですが、話題が広範に渡っている上に本文だけで700頁近くあるので、現代思想に属する(と見なされる)哲学者の文章としては文意が取りやすい部類に入るものの、なかなか読むのに難儀しました。
 ポピュリズムに関しては6章で集中的に扱われており、ラクラウへの言及もしばしばあります。ジジェクのラクラウ理解の全体がどこまで妥当性を持つのか俄には判断しにくいのですが、山本先生の本とは別の表現でヘゲモニー闘争について要約していたりして、理解の一助になります。
 他、面白かったところとしてはハイデガーのナチへの態度と対比する目的で前座としてフーコーのイラン革命への態度について論じている部分でしょうか。ここがジジェクのイスラーム観やイラン革命への評価などが現れていて興味深いところ。
 ジジェクの言い方は良識的に判断すればそのまま受け入れるにはちょっとどうかというものも少なくないのですが、現状の認識が揺さぶられるという意味で面白い読書です。


■ジャン゠フランソワ・リオタール『非人間的なもの――時間についての講話』
 ポストモダンブックスのシム『リオタールと非人間的なもの』を再読したのでこれをガイドにしつつリオタール本人の本にも当たってみるかということで読んでみた……はいいのですが、正直これを読んでも何故シムのような理解にたどり着くことができるのかさっぱりわからないという難物。シムの本はリオタールが本書で書いている内容のうち、美学に関するものはすっ飛ばしているので、そこが分からない理由はまだ分かるのですが……。
 辛うじてなんとなく理解できたのは「保存と色彩」の美術館論でしょうか。美術館が絵画を保存、陳列することによって絵画の一回性、現前性を殺してしまうという美術館批判に対して、デリダの音声中心主義批判をスライドさせ、そもそも大なり小なり表現することは暴力的であると反論し、バルト的な「作者の死」を絵画にも適用することによって(バルトの名前は出てきませんが)、美術館の営みを擁護しています。リオタールの言うことはまあ正しいのでしょうが、美術館批判側の理屈もなんというか高尚でフランスらしいことだなあと思いますね。


■アラン・バディウ&ニコラ・トリュオング『愛の世紀』
■ジャン゠リュック・ナンシー『恋愛について』
 エーリッヒ・フロムの愛に関する議論に触れたので、ドイツの次はフランスにするか、ということで二冊。
 バディウの本はインタビュー形式となっていてフランス現代思想の本としては読みやすく、これまでの哲学者の愛に対する理解を三種類(①ロマン主義的理解、②民放的・契約的理解、③愛に対する懐疑・否定)に分けた上で、自分の理解はそのどれにも属さないものであるとしています。バディウの立場は愛とは二者からなるコミュニティの問題であり、ひとつの真理の構築である、とするもの。「愛とは最小限の「コミュニズム」である」とは(彼のコミュニズムに対する立場と考え合わせて)なかなか含蓄のある一言です。
 インタビュアーのトリュオングは『ル・モンド』の記者だそうですが、哲学的な知識に基づく反論めいた問いかけも行っていて、それが結果的にバディウの語りを豊かなものにしているように見えます。インタビューひとつとっても知識が必要なのだなあということが分かる一冊となっています。
 ナンシーの本の方は「小さな講演会」と題された子供向けの講演会の書き起こしの模様。バディウの本に比べるとやはり子供向けということもあって食い足りないところはありますが、デリダへの言及の仕方など、ナンシーの立場がちらほら見えるところがあって面白い部分です。
 この講演会、哲学者や歴史家、職業的プロフェッショナルなどが呼ばれて色々な内容について話しているようですが、意外なことにベンヤミンが出演していたラジオ番組(日本語訳が『子どものための文化史』というタイトルで出ています)をリスペクトして始まったものとのこと。こういう試みは日本にもあってもいいんじゃないかなあと思ったりします。
 
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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