アグラバーはどこだ!? アラジンについて考える―地理と歴史と文学と―

 ディズニー映画『アラジン』の実写版が公開され、好評上映中のようです。かくいう私も観てきましたが、アニメ版よりも「自由」を強調している作劇で、今日的なテーマについて面白くわかりやすく表現されていたように思います。
 さて、この『アラジン』の舞台となっているアグラバー王国ですが、架空の国であるのは言を俟たないにしても、どのあたりの地域が想定されているのでしょうか?

 冒頭、ジーニーが歌う「アラビアンナイト」には「アラブの」ではなく「アラビアの」という歌詞が出てきますので、シリアやエジプト、マグリブなどを併せた広域アラブ世界のどこかというよりは、アラビア半島が舞台であると考えた方がいいでしょう。アグラバーの首都が港町であり、すぐ内陸部には砂漠があることもこの想定を裏付けています。
 ラクダが多く、馬がほぼ見られないこともアラビア半島である可能性が高い理由のひとつです。内陸部に砂漠があるアラブ圏と言えば北アフリカもそうなのですが、特にリビアのあたりは名馬の産地として知られており、馬が見られないということは考えにくいのです。北アフリカ=地中海地域であれば帆船よりも櫂船が多いと思われるので、これも北アフリカ説を退ける要因のひとつ。
 また、王国の名称「アグラバー」ですが、接尾辞aba(d)=「~の都」で終わる地名はペルシア語の影響の強いエリアによく見られ、現在でもトルクメニスタンのアシガバード、パキスタンのイスラマバードなどが存続しています。さらに、アグラバーの文化には衣装や舞踊などの面でインド風のものが多く、インドの影響が強く感じられ、一方王宮のデザインを見るとオスマン様式に近く、トルコ文化の影響もある模様。
 ペルシア(イラン)もインドもトルコも当然アラブではなく、ヨーロッパ側の「東洋」イメージを詰め込みごった煮にしている時点でオリエンタリズムの誹りは免れぬ……と言いたいところなのですが、実はこれらの条件について、微妙ながらも満たす可能性がある地域があります。

 もったいぶらずに言ってしまうと、答えは簡単でペルシア湾のすぐ南側、アラビア半島東北部です。アグラバーの首都が港町であり、「~の都」という意味の言葉がそのまま王国名になっていること、隣国にも同じような命名をされている国があることを思うと、港市国家が集まっている地域である可能性が高いでしょう。
 似たような条件のバーレーンは(現在の数字ですが)アラブ人人口が大半を占めるものの、イラン人8%、印僑なども相当数存在するようで、イラン、インドの文化的影響も強く、またトルコ文化の影響については覇権国家オスマン帝国のことを思えばそう不自然でもないかもしれません。
 アグラバーの王号はスルタンのようで(ジーニーがアラジンに「やめておいたほうがいい願い事」を説明する時に広げた図に何故かラテンアルファベットで書いてあります)、また主人公の名前がアラーウッディーン(ヨーロッパ訛りでアラジン)であることから、スルタン号および「○○ディーン」系のラカブ(尊称)が一般化している10~11世紀以降が舞台と見ていいでしょう。

 こう考えていくと、劇中、いいのは顔だけであまり聡明そうに見えない描き方をされているアンダース王子が(アグラバーが北アフリカでない以上)最終的に海路になるとは言え一度は陸路ムスリム国家の領地を横断し、使節団を率いて到着していることを思えば、女性関係はダメダメでも案外統率力のある御仁だったのかなあなどという想像も広がっていきます。これも実はスペインの使節団がエチオピアに来ている事例があり、まったく無いとは言い切れないのが面白いところ。イスラーム世界における女王については、マムルーク朝のシャジャル・アル=ドゥッルをはじめ、いくつか例がありますから、これもまあなくはないでしょう。

 もともと「アラジンと魔法のランプ」という物語は『千夜一夜物語』には収録されておらず、『千夜一夜物語』をヨーロッパに紹介したアントワーヌ・ガランがシリアで収集したものを千夜一夜物語の翻訳に組み込んだことによって千夜一夜物語の一部として知られるようになりました。よく言われるように原作でアラジンが中国人というのは原典の本文に「中国の数多い町の一つに」住んでいると書いてあるので、そこから想像力を逞しくしたヨーロッパの挿絵画家がアラジンを中国風に書いたことから広まったのだと思いますが、唐代の広州のような沿岸地域には万単位のアラブ人が住む居留地があり、そういったところの出身という可能性もあります。
 話の筋がずれましたが、ともあれそういったピジン的な物語であった「アラジンと魔法のランプ」が今回のような形で語り直されることは、なるほど「らしい」話ではあるのかなあといったところでしょうか。


 「アラジンと魔法のランプ」原典の翻訳については前島信次氏訳『アラビアン・ナイト 別巻 アラジンとアリババ』に収録されている。
 シャジャル・アル=ドゥッルの生涯は板垣雄三[編]『世界の女性史〈13〉中東・アフリカ 1 東方の輝き』に詳しい。
 上では触れなかったが、『アラジン』ではイスラーム圏を想定していると思われるにも関わらずモスクと思われる建物が一切登場しないなど、やはり問題は見え隠れする。欧米からのイスラーム世界表象の偏りについてはサイード『オリエンタリズム』を参照。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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