ツァラトゥストラかく謡いき―フレディ・マーキュリーとゾロアスター教コミュニティ―

 少し前の話題になりますが、伝説的なミュージシャンであったフレディ・マーキュリーの生涯を描いた映画、『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしました。私は恥ずかしながらこの映画を見るまで知らなかったのですが、フレディはゾロアスター教徒の家系の生まれとのこと。劇中でも出てきましたが彼の本名はファッロフ・ブルサーラー*1。ファッロフはペルシア語圏によく見られる名前です。
 劇中、フレディの父親ボミが「良き思い、良き言葉、良き行い」と何度か口にしますが、これはゾロアスター教の信仰告白である「フラワラーネ」の最後の部分にある一節*2

 ゾロアスター教は周知の通り、善神アフラ・マズダーを信仰しており聖火に向かって礼拝する善悪二元論が特徴の宗教です。世界最初の啓示宗教とも呼ばれ、その教義はユダヤ教・キリスト教・イスラーム等のアブラハム系一神教に取り入れられ、北伝仏教にも影響を与えたと考える研究者もいます*3。サーサーン朝ペルシア帝国(226年-651年)の時代には国教の地位を占めましたが、イスラームの大制服によってサーサーン朝が滅びると「啓典の民」の地位を確保することはあったものの*4、次第に数を減らし少数派となっていきました。

 さて、フレディの出身ですが、ゾロアスター教と聞いて普通に思い浮かべられるイランではなくアフリカ東岸のインド洋上にあるザンジバル島とのこと。何故なのかというと少し話が長くなります。
 まず、イランのゾロアスター教徒はムスリム(イスラーム教徒)が多数となる中で信仰を細々と守ってきましたが、10世紀前半頃、新天地を求めてインドのグジャラート地方へ集団で移住する者が出てきます。これがいわゆるパルーシー(原義はペルシア人)で、彼らはイランのホラーサーンへ使者を送ってゾロアスター教の聖火を取り寄せ、インドに信仰の火を灯します*5
 この後、インドのゾロアスター教コミュニティは紆余曲折ありながらも人数を増やし、(少し古い数字ですが)現代のゾロアスター教人口はイランに5万人、パキスタンに5千人、インドに8万人と言われており*6、本家のイランよりもインドの数字の方が大きくなっています。パルーシーのコミュニティには経済的に成功した人物がしばしば見られ、中でも現代インド最大の財閥として知られるタタ・グループはその最たるものでしょう*7

 ただ、それにしたところでインドはヒンドゥー教徒人口が圧倒的に多数であり、またムスリム人口も相当数おり、ゾロアスター教徒が人口の面であれば吹けば飛ぶような存在であることは変わりませんでした。
 近代、イギリス帝国は植民地支配において、現地の少数派を植民地官僚として登用し支配を広げていきます。
 一方のザンジバルは1890年にイギリスに保護国化されており、これと前後して同じくイギリスに支配されていたインドとの繋がりが強くなってきていました*8。この時期、ザンジバルのインド系人口も増加しています。
 フレディの父親ボミはこの時代の流れとイギリスの政策に乗り、インドからザンジバルに渡って植民地官僚として働いていたのです*9。1964年、前年に独立していたザンジバルでは革命が発生し、選挙によって選ばれたアラブ系の政権がアフリカ系の人々により排除され、アラブ系の人々や旧支配層などはイギリスやエジプトに亡命するところとなります*10。植民地官僚として働いていたボミも家族を連れてイギリスへと渡ります。フレディは1946年生まれですから、これが18歳になる年のことでした。

 イギリスへ渡った後のフレディはよく知られている通り(そして大まかには映画で描かれたように)、大スターへの道を進み、エイズで惜しくも45歳という若さで亡くなります。
 映画ではゾロアスター教の徳目を押し付ける父親を煙たがっていたフレディが、ライブ・エイド(20世紀最大のチャリティコンサート)の直前にボミと会って「良き思い、良き言葉、良き行い」について会話をし、抱擁するシーンがあります。彼がどの程度ゾロアスター教の教義に関心を持ち、実践的であったのかは私には判断する知識も能力もありませんが、彼はペルシア人を名乗り(インド出身だとは言わなかったそうですが)*11、死後少なくとも土葬ではなく火葬されたそうです。本来、ゾロアスター教の教義では死体は風葬(ないし鳥葬)されるのが理想なのですが、近代以降のインドのゾロアスター教コミュニティでは諸々の問題から火葬を選択するパルーシーも増えてきていたようです*12
 映画のように分かりやすい構図だったかはともかく、フレディの心にある程度は長い道のりをたどってきた一族と、ゾロアスター教への思いがあったことは間違いないのではないかなあと思うのでした。

*1 青木健『新ゾロアスター教史』 p.275 映画では英語訛りなのか少し異なる表記だった。
*2 「私は、よく考えられた思考をすることを自ら誓い、よく話された言葉を話すことを誓い、よくなされた行動をなすことを誓う」。メアリー・ボイス『ゾロアスター教』 p.86
*3 ボイス前掲書 p.27
*4 後藤明「啓典の民」『新イスラム事典』。啓典の民はムスリムに敵対しなければ宗教的自治が認められた。
*5 青木前掲書 p.250
*6 上岡弘二「ゾロアスター教」『新イスラム事典』
*7 タタ・グループについては青木前掲書 pp.264-273
*8 宮本正興・松田素二[編]『新書アフリカ史 改訂新版』 p.265
*9 青木前掲書 p.275
*10 富永智津子『スワヒリ都市の盛衰』 p.85
*11 青木前掲書 p.275
*12 ボイス前掲書 p.403
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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