川喜多敦子『東欧からのドイツ人の「追放」』


 副題は「二〇世紀の住民移動の歴史のなかで」。
 第二次世界大戦末期、ドイツ東部から東欧にかけての地域において、自主的避難、報復的や憎悪による追放を含め、ドイツ人の大規模な住民移動が発生し、また戦後連合国側の取り決めによってドイツ系住民がドイツへと強制移住させられるところとなった。ドイツで「追放」と呼ばれるこの一連の出来事についてまとめたのが本書である。
 
 「追放」についてはリチャード・ベッセル『ナチスの戦争』でもある程度記述があり、それが被害の記憶となり加害の記憶と切り離されてしまっていることが述べられている。だが、その実態、戦後東西ドイツ社会への影響はどのようなものだったのか。それを検討したのが本書だ。このテーマで四六判で一冊出してしまえるのは流石白水社といったところか。
 人口の大規模な移動は移動そのものの最中におけるトラブルはもちろん、移住先の社会にも様々な影響をもたらす。票田としての移住民の存在は東西ドイツともに無視できず(東ドイツでも様々な理由から世論は無視できなかった)一方で、オーデル・ナイセ線以東の故郷の回復を望む被追放民の存在が外交上の安定を要請される政府と立場の相違を生むなどしている。

 社会主義の優位性をアピールしたい東ドイツは比較的早く被追放民への支援を始めたが、直接オーデル・ナイセ線を抱えているという事情もあり、(実態とは異なるにしても)被追放民の東ドイツ国内移住先への統合は早期に完了したという立場を取り、被追放民に関する話題は50年代以降、タブー化していく(そのため以後の動向は分からないことが多く、東ドイツについては一章を割いたのみで記述が閉じられている)。
 一方、西ドイツはより詳細なことが分かっている。経済的・文化的・法的な統合の過程が詳述され、また被追放民の歴史がドイツの歴史として引き受けられる過程も述べられている。一方で、同郷人会が被追放民の公共圏として作用し、独自の政治勢力となっていった(そしてある時期から徐々に力を失っていった)様子も分かる。
 興味深いのは、被追放民問題は同時代史を研究する際には往々にしてついてまわる問題ながら、当時の西ドイツでは政治的要請と無縁に研究することは難しかったようだ。上で述べたようにベッセルが『ナチスの戦争』で指摘している問題は、学術的な研究にも及んでいたわけである。

 全体として事実関係およびその間の因果関係の整理は分かりやすく、専門外の人間でも十分理解できる。通読はもちろん、辞書的な使い方をすることもできるだろう。一方で、著者の主張が奈辺にあるかはやや分かりにくい。国際比較の重要性を説いている割に、連合国側が「追放」に当たって成功事例として参照したギリシア=トルコ間の住民交換についても通り一遍の言及があるのみだ。このあたりは、著者のみならず学界の向後の課題ということになるのだろうか。
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鉄勒京二

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