近況・新刊情報と最近読んだ本など

 しばらくブログを書いてないうちに11冊も本が溜まっていたのでまた一気に書くことに。
 それはそうと、姫路の駅前商店街にまでタピオカドリンク屋ができていたのですが、よく通る道であるにも関わらず以前何があった場所なのかさっぱり思い出せず、自分の記憶のあてにならなさを痛感しているところです。本屋とよく行く飯屋は覚えてるんですがねえ。

 さて、新刊情報。
 筑摩選書9月、林英一『南方の志士と日本人――インドネシア独立の夢と昭和のナショナリズム』、ちくま学芸文庫9月、アミン・マアルーフ 『世界の混乱』。マアルーフの本は遅れていましたがやっと出るようで。
 勉誠出版9月、アジア遊学シリーズの最新刊が草原考古研究会[編]『ユーラシアの大草原を掘る――草原考古学への道標』。白石先生が関わっているのかと思ったらそうでもないようで、モンゴル帝国以外の幅広い話題がピックアップされている模様。これは面白そうです。
 彩流社10月シナン・レヴェント『日本の〝中央ユーラシア〟政策』。アジア主義とトゥラニズムの交錯を扱った書物の模様。
 白水社9月、ウラジーミル・アレクサンドロフ『かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた――二つの帝国を渡り歩いた黒人興行師フレデリックの生涯』。ライトノベルのような長さのタイトルですが、扱っている題材は興味深いところ。
 平凡社新書10月、金子拓『信長家臣明智光秀』。大河の便乗本もすでにたくさん出始めていますが、金子先生の本なら信頼できそうです。

 以下、最近読んだ本。

■渡邉義浩『漢帝国――400年の興亡』
 冒頭からのヘーゲルへの当てこすりに思わず笑ってしまいましたがそれはさておき。
 前漢後漢併せて400年ある歴史を新書一冊にまとめてしまおうというのは無理があるとは言わないまでもちょっとむずかしい作業だったのではないかと思いますが、その点本書は軸として体制教学の思想史を据え、その確立が古典中国として後の中国社会に影響を与えていった、というように議論を進めています。著者の専門に近いところに話を絞った、という意味では潔い選択だったのでしょう。儒教の「国教」化の時期の議論や、漢王朝の伝統が先例として力を持っていく部分などはなかなかおもしろいところ。
 一方、制度史や政治史の記述はやや薄めの感あり(前漢限定ですが冨田『武帝』が制度の話としては非常に面白かったので、一緒に読むといいように思います)。もちろん通史としても読めるのですが、中公新書の世界史ものの歴史書としてはややクセが強い一冊になっているので、できたら前漢後漢分冊でもうちょっとスタンダードなものも欲しいなあというところでしょうか。


■原武史『「民都」大阪対「帝都」東京――思想としての関西私鉄』
 私も関西に住んで長いわけで、ある程度は関西私鉄というものに馴染みがあるわけですが、以前紹介した『電鉄は聖地を目指す』であまり関西私鉄に触れられていなかったのでこちらも読書。『電鉄は~』を先に読んでいたので小林一三に関する記述はいくらか差っ引いて読みましたが、それでもなかなか面白い。
 関西と関東の私鉄の伸展の展開の違いや、関西私鉄が標準軌を採用したためお召し列車が物理的に乗り入れできなかったという事情、あくまで民間の力で発展してきた大阪が昭和天皇行幸によって帝都の色に染まっていく様子など、なかなか興味深いわけです。
 阪急だけではなく色々な私鉄の話題が出てくるわけですが、ただ山陽電鉄(旧兵庫電気軌道)に関しての記述はほとんど無く、(この本だけではなく色々なところで)関西私鉄の枠組みでの語りから忘れ去られているようで少し不満が。


■橋本努『読解ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』』
 いわゆる『プロ倫』、重要文献ですがなかなか手が出ないところでメチエで解説書がでたということで早速購入。やや著者の関心に引きつけて論じているような雰囲気はありますが、そもそもウェーバーの関心が奈辺にあったのかというあたり(基本的にはプロテスタンティズムと資本主義の「相性」の問題であって因果関係の話ではない)とか、ウェーバーの議論は必ずしも下部構造が上部構造を規定するとしたマルクスの議論と矛盾するわけではない、とか、蒙を啓かれた気分です。
 プロ倫そのものはまだ積んでるわけですが、近いうちに読まねばなあと思っています。


■ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論』
 ウルリッヒ・ベック、細見先生の『フランクフルト学派』で名前が挙がっていたので気になっていたのですが、裏表紙に「入門書」とあることもあって本書がわかりやすそうかなということで読書。確かに言ってることはわかりやすいのですが、講演の書き起こしで時事的な話題が多く、ベックの理論を知るにはちょっとなあ、といったところ。ただリスクは社会によって評価されて定まる、という議論に関しては納得。また、ベックが記述主義より規範主義に振れているタイプの社会学者なのだなあ、ということもこの本で実感したところ。
 『危険社会』の方はウニベルシタスで500頁くらいあるのでちょっと手を出しにくいのですが、評価が高いようなのでいずれ読んでみたいと思います(いつになるかは分かりませんが)。


■ジャン・フランソワ=リオタール『知識人の終焉』
 例によって分かりにくい文章を書くリオタールですが、特に関心のあった表題作はなんとか理解できたかなあというところ。リオタールの言う「知識人」は、理想を示し普遍的な価値を体現し真正面から望むべき世界を論じる者であって、とすると大きな物語が死んだポストモダンにあってはなるほど知識人も(原題通り)墓場送りということになるのでしょう。
 ところが、これを批判したのがサイード(『知識人とは何か』)で、サイードの言う「知識人」は、普遍的な善を目指したものにとどまらず、普遍的な悪を退けるものでもあるわけです。サイードの知識人は言わばロールズ流の正義の擁護者とパラレルに考えることができて、普遍的な目指すべき価値がない(人それぞれである)にしても、普遍的な避けられるべき悪(人それぞれがそれぞれの価値を追求することを阻むもの)はあり、これを厳しく糾弾することになります。
 それは生命の侵害であったり、政治的権利の剥奪であったり、あるいはもっと巧妙な抑圧であったりするのですが、パレスチナ問題に生涯関わり続けたサイードがリオタールの知識人への埋葬許可証を破り捨てるのも宜なるかなといったところでしょう。


■久保明教『ブルーノ・ラトゥールの取説』
■久保明教『機械カニバリズム――人間なきあとの人類学へ』
 ブルーノ・ラトゥールと言えばアクターネットワーク理論(ANT)の主要な理論家ですが、上二冊のうち前者はその総論、後者はAI問題等に関してアクターネットワーク理論を用いた応用編、ということになります。
 『取説』の方はモダン/ポストモダンの対立の図式の上に、ANTはそれら二つを否定するノンモダンなのだ、という議論を行います。自然/社会への還元を行う(科哲で言うところのDNモデル的な説明を志向する)モダン、還元そのものを対象化してそこから社会・言語・権力などへの還元を行うポストモダン(ただし、これは自分の足場を掘り崩すことになるので無限後退に陥る)、そのどちらでもなく還元を否定するANT、ということの模様。
 『機械カニバリズム』は、ANTの応用編ですが、大半の頁をAI将棋に割いていてこれがなかなか面白い。電王戦はリアルタイムで話題になっていた時の記憶があるのですがその時のモヤモヤとそれへの回答が言語化されていて非常にすっきりしました。


■マルクス・ガブリエル『なぜ世界は存在しないのか』
 「世界は存在しない」、要するにありとあらゆるものを還元できる地平は存在しない、ということだと思うのですが、その辺はANTに似ている気がします。新実在論については実在の定義をいじっただけじゃないのかという疑問もなくはないのですが、それによって何が言えるのか、ということをもっと読み込まないと何も言えないなあという感想。
 ガブリエルに関してはジジェクと仲がいいようですが、喩えでホイホイ映画の話題を出してくるあたり、たしかにジジェクにノリが近い気はしますね。メチエはこれを含む三部作の第二弾『私は脳ではない』を近々出すようなのでそれも読みたいところ。


■グレアム・ハーマン『非唯物論――オブジェクトと社会理論』
 思弁的実在論の潮流のうち、非唯物論を取るのがグレアム・ハーマンですが、ハーマン自身の手による応用編(なんとオランダ東インド会社、いわゆるVOCを取り扱っています)が気になったので購入。ANT、ガブリエル、ハーマンと錯綜している議論を読んでるのでちょっと脳内の整理がおいついていないんですが、早いところメイヤスーの本にも手を出して見通しを立ててしまいたいところです。


■荒木優太『無責任の新体系』
 在野研究者のホープ荒木さんの責任論に関するエッセイ。責任を引き受けるところに自由が生まれるというレヴィナスの(応用?)議論は斎藤慶典先生も『私は自由なのかもしれない』で用いていましたが、この荒木さんの本の方が話題の導入源や話の展開がもっとざっくばらんで少し懐かしい雰囲気の文体の気がします。


■杉浦功一・大庭弘継『『銀河英雄伝説』にまなぶ政治学』
 『銀河英雄伝説』と言えば本編10巻、外伝5巻におよぶ長編でSF群像劇の傑作ですが、本書はそれをネタ本に政治学的観点から語ってみようというもの。一歩間違えばトンデモ本に足を踏み入れそうなスタンスですが、流石に著者二人がそれなりの学問的訓練を積んだ人というだけあって、比較的無難な方向に落ち着いているかと。
 これを読んだだけで政治学が分かった気になるのは危ないと思いますが、専門知識のある銀英伝ファンが書いた読み物として(また一部、政治学的見地からは当然あるものと考えられる事象の描写がない、といった作品への批評)はなかなかおもしろいものになっていると言えるでしょう。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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