近況・新刊情報と最近読んだ本など

 今回は珍しく近況に書くことが多いのですが、梅田蔦屋書店で開催されたイベント、「『分解の哲学』(青土社)刊行記念 藤原辰史×津村記久子 「こぼれ落ちたもの」をめぐる歴史と文学」と「『未来を生きるスキル』刊行記念 鈴木謙介×戸谷洋志 自己啓発時代の協働と哲学」に行ってきました。いずれも終業後に梅田に向かってもなんとか間に合う時間だったのがありがたいですね。
 前者は直前に本当にたまたま藤原先生の『ナチスのキッチン』を読んでいた(『トラクターの世界史』は発売直後に読みました)のでひとつ藤原先生の話を聞きに行ってみようということで、向かう電車の中で『農業と戦争』も読破し当日券で訪問。
 後者の方は、戸谷先生の『ハンス・ヨナスを読む』を以前読んで面白かったので、というところでしょうか。鈴木先生の方は恥ずかしながら存じ上げなかったのですが、トークの軽妙さが印象に残っています。鈴木先生の本に対する戸谷先生のコメントがアカデミックで深いわけですが、それを捌いていく能力に驚きました。
 なお、関連する本の紹介は下でしています。

 もう一点、去年もお知らせしたと思いますが、並木陽さんの作品がみたびNHK青春アドベンチャー枠でラジオドラマになるとのこと。第4回十字軍期のコンスタンティノープルを舞台に選んだもので『紺碧のアルカディア』というタイトルです。今回も聞き逃し放送にも対応しているようなので、ぜひチェックをば。
 放送は週平日5日×2週間の全10回で10月21日より。

 さて、新刊情報。
 今回の目玉は悠書館11月、アンナ・コムネネ『アレクシアス』。ビザンツ唯一、また古代・中世史上でも珍しい女性歴史家によるアレクシオス1世の伝記ですね。第1回十字軍期のビザンツ側の史料でもありますし、同時代の小アジアのトルコ系諸侯の動向も色々載っているはずなので、これは発売次第早急に確保したいところです。
 山川出版社は今月、鈴木董『大人のための「世界史」ゼミ』。鈴木先生の「文字世界」論に基いた読みやすい一般書ということになるようです。10月には野田仁・小松久男[編著]『近代中央ユーラシアの眺望』。近代中央ユーラシアを対象とした論文集になる模様。
 新潮新書10月、岡本隆司『君主号の世界史』。新書ですが、おそらく『宗主権の世界史』を下敷きにした本になるのでしょうかね。
 岩波書店10月、リン・ハント『なぜ歴史を学ぶのか』。訳者が長谷川貴彦先生で、史学理論の本ということのようです。
 刊行時期は未定ですが、名古屋大学出版会より足立孝『辺境の生成――征服=入植運動・封建制・商業』。中世イベリア半島を対象とした研究書ですね。

 以下、最近読んだ本。

■藤原辰史『分解の哲学――腐敗と発酵をめぐる思考』
■藤原辰史『戦争と農業』
 上でも書きましたが、藤原先生の話を聞きに行くにあたって読んでおこうと思ったのが『戦争と農業』、事前に読んでおくにはちょっと時間が足りなかったので当日書店で購入したのが(そしてサインもいただいた)のが『分解の哲学』です。
 『戦争と農業』は、こんなタイトルですが、戦争と農業のみならず広く食と社会の関係について述べている本で、講義が元になっているとのこと。厳密には歴史学の本ではないと思うので単独記事ではなくこちらで紹介します。
 レーベルのカラーもあるのでしょうが、藤原先生の本の中では比較的軽めかつ時事的なものも多い内容になっているように思います。とは言え、戦争と農業に関する問題としては、『トラクターの世界史』でも扱われたトラクターと戦車の関係の他農薬、化学肥料と毒ガス、火薬の関係などが取り上げられ、また実社会に対する提言も多く(歴史学者は良くも悪くも現代社会に対する提言には禁欲的な人が多い傾向にあります)、得るものの多い読書でした。
 一方、『分解の哲学』はなかなか一筋縄ではいかない本で、大部分が『現代思想』に連載された記事が元になっているようです。藤原先生、本業というか本来の専門は歴史学のはずですが、連載以前の『現代思想』に最初に掲載されたのがネグリとハートの『帝国』の腐敗概念についての論文ということで、本書を通じて哲学と歴史学に加え理系知に絡む概念もかなり出現します。
 生産と消費の先にある分解、あるいは消費と一体化している分解という話をすると、なるほど哲学のテーマになりそうな雰囲気はありますが、これを実際に一冊の本にまとめてしまうのが凄いところ。必ずしも一つの結論に向かって収斂していくような構成は取っておらず、話は散らかり気味(生態学史からカレル・チャペックからフレーベルの幼稚園、修理なんていうテーマまで)ですが、藤原先生が食と社会の関係について常に関心を持っていることを考え合わせると、これを補助線として生態学と社会哲学も当然のように接続可能ですし、なんとなく全体像が見えてくるのかなと。
 予断になりますが、藤原先生は近代的合理的なものに少なくとも一部は批判的なところがある(ご本人から聞きました)という話なので、この構成はひょっとするとスッキリ一貫したものを嫌うアドルノのような問題意識が下敷きにあるのかなと思ったりもします。



■荒木優太[編著]『在野研究ビギナーズ』
 荒木さんの本で在野研究を扱ったものと言えば『これからのエリック・ホッファーのために』が既刊としてありますが、前著がかつての在野研究者を対象としてものであるならば、本書は現役の在野研究者の方々が自ら筆を執って在野研究というものについて書いている一冊。必ずしも「在野」・「研究」という言葉に対するスタンスが一定しているわけではないのですが、それでも研究機関に所属せずどのように学問的営みを続けるのかという部分に関しては皆一様に面白い文章です。
 特にこの手の話になるとどうしても研究費のかかりにくい文系の話題がメインになりやすいのですが、本書では昆虫について研究している熊澤辰徳氏の「エメラルド色のハエを追って」という章もあり、在野研究の裾野の広さを教えてもらえるところ。
 また読書会やネットの活用などは複数の方が言及していて、私は研究と呼べるようなことはやっていませんが、学問に関わっているつもりではあるのでこのあたり個人的にも意識していきたいところです。


■鈴木謙介『未来を生きるスキル』
 上でも書きましたが鈴木先生という人物に興味が出てきたのでまずはイベントでも扱われていた最新刊の新書からということで。社会学的な知見に基いてじゃあこれから我々はどうしたらいいのか、ということを述べる一冊になっています。
 いわゆる自己啓発本が個人の内面に特化して本書の言葉を借りると「ひとりイノベーション」を目指す社会不在の思考であるのに対し、本書では「協働」がプッシュされており、それぞれいろいろな面で他人とは違う、しかしふつうの人びとが一緒に仕事をすることを目指す、という議論になっています。
 ギデンズとかバウマンとかベックとかちょいちょい知っている名前も出てくるので、こういう風に応用するのか、というのも分かって面白かった点でした(ベックに関しては名前が出てきたのはベック本人のエピソードについてでしたが)。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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