藤原辰史『[決定版]ナチスのキッチン――「食べること」の環境史』


 キッチン・台所からドイツの近現代史に迫った一冊。
 
 本書は、単にキッチン・台所の形態の変遷のみを追ったような本ではない。キッチンという場は言うまでもなく私的空間であるが、著者の藤原辰史氏は食と社会の関係について常に関心を持って研究を行っている方である。では、私的空間であるはずのキッチンが、いかに社会と、そして政治的存在であるはずのナチスと繋がりうるのだろうか。
 ドイツの社会(哲)学者、ユルゲン・ハーバーマスは「生活世界の植民地化」という表現で、近代の道具的合理性が生活世界の中へ浸透し、その暴力性を顕わにすることを問題視している。ハーバーマスの名前は直接は出てこないのだが、本書はまさに生活世界の植民地化を問題にしており、女性の開放を目指し省力化を進めたはずのシステムキッチンが逆説的に女性を家事へと縛り付けてしまうという事例が紹介されている。
 また、健康的な食による健康的な兵士の生産、キッチンの規律化という視点からは、フランスの哲学者ミシェル・フーコーの権力論に近い様相も見られる。

 特にナチ期においてはこの合理性、規律が、私的空間を政治化し動員する全体主義と相補的な関係となり合理化・規律化が加速していき、知らず識らずの間に市民的自由が死んでいく。本書が視点の中心としているのはこの時期だ。私的空間の政治化じたいは後の東ドイツにも見られる事柄で、先に紹介した河合晴信『政治がつむぎだす日常』でも分析が行われていたが、ナチの私的空間の政治化は東ドイツと異なり下からの回路を持ち合わせていなかった。
 また本書によると一方で同時にナチ期は私的空間において政治の論理だけでなく企業の論理も生活空間に入り込んでいた。これはナチ期において党が社会のあらゆる領域を支配したとするイメージとはやや異なるが、企業の論理が政治の論理と共犯関係にあったことも見逃せず、いずれにせよ消費者=市民の論理に登場の幕がなかったことに違いはない。

 本書では以上のような視点を元に、キッチンの形態の変遷や、レシピ本を含む通俗誌/紙に現れる言説の分析、調理道具、家政学史などなどの具体的な分析を交えて論を進めている。就中レシピ本の分析は、従来史料としてあまり顧みられてこなかったものを取り上げたという点で特に面白いものとなっている。

 ナチはこの合理化・規律化されたキッチンを国家の目的へと動員しようとしたが、本書で述べられている通り、政治的目的不在となっても合理化・規律化はナチに特有というわけではなく、まま見られる現象であることに気付く。この問題に対してどう立ち向かうかは、これより模索していく他ないのだろう。
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鉄勒京二

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