近況・新刊情報と最近読んだ本など

 もう二月も半ばですが明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 上七軒文庫での井筒に関する師先生の講義も全三回が終わり、ちょっと気が抜けていましたが、引き締め直していきたいところです。

 前回お知らせした通り考証でお手伝いさせてもらっている『囚われの歌姫』コミカライズですが、先行配信がはじまっていますので、ぜひよろしくお願いします。このブログの読者の方であればキーワードのうち「政変」あたり気になるんじゃないでしょうか。


 さて、新刊情報。
 角川新書3月、大木毅『戦車将軍 グデーリアン』。大木先生、同レーベルからロンメル本も出していましたが今回はグデーリアンとの由。期待大ですね。
 中公新書3月はいろいろ面白そうな本が。佐藤猛『百年戦争――中世ヨーロッパ最後の戦い』、鴋澤歩『鉄道のドイツ史――帝国の形成からナチス時代、そして東西統一へ』、岡本隆司『東アジアの論理――日中韓の歴史から読み解く』。
 岩波新書の中国の歴史シリーズ第三巻も3月、古松崇志『草原の制覇 大モンゴルまで』。
 また中央ユーラシア史関連では勉誠出版アジア遊学シリーズから松原正毅[編]『中央アジアの歴史と現在――草原の叡智』。これは2月予定なので近いうちに出るでしょう。
 みすず書房3月、M・シュクリュ・ハーニオール『文明史から見たトルコ革命――アタテュルクの知的形成』。革命史の本というよりは、思想史の中にアタテュルクを位置づけるような形になっているようで、なかなかおもしろそうです。

 以下、最近読んだ本。

■岡本隆司『増補 中国「反日」の源流』
■岡本隆司[編著]『中国経済史』
 岡本先生の本を二冊。
 前者は例によって例の如く誤解を招きそうなタイトルですが真面目な本です。内容としては、近世以来の日中の社会構造の対比、そこから出てくるウエスタン・インパクトへの必然的な対応の限界(内部の改革にしても外交対応にしても)、そしてその中での日中関係、といった体。いつもの岡本先生の本なのでどこかで読んだような内容も多いですが、視点を日中関係に寄せて整理してあるため、時事的な関心からも読みやすい本になっているかと思います。
 『中国経済史』の方はグライフを読んで以降気になっていた中国の事例についてなにか収穫があるかもと思って読んだ本です。資本集積と信用の問題はやはり国家による保障がないと難しかった模様。
 それはそれとして、経済史と言えば近現代に偏りがちなところ、前近代にもかなりのページを割いているとてもありがたい本です。ただ、古い時代になるほど経済史と言いつつ税制や土地制度の話がかなり多くなってしまうのでなるほど史料の残り方の偏りを感じることができる部分でもあります。
 なお、近現代の中国経済について知りたい人は他にたくさん本があるのでそちらを当たりましょう。


■R・W・サザン『ヨーロッパとイスラーム世界』
 こんなタイトルですが、原題は「中世ヨーロッパのイスラーム観」なので視点はヨーロッパ側です。中世においてはヨーロッパはイスラーム世界から多くを学んだ一方、十字軍など直接的な敵対に及んだ出来事も多いわけですが、本書は時期分けをしつつ(章タイトルにもなっていますが、無知の時代、)、主に(政治史よりは)思想史寄りの分析を行っています。1961年にハーバードで行われた講義が元ということで、今となっては古い部分も少なくないのですが、文庫化にあたって付された山本先生の解説も併せて、ざっくり概観するには便利かなと。


■阿部賢一『ヴァーツラフ・ハヴェル 力なき者たちの力』
 ハヴェルの名前じたいは『試される民主主義』の紹介で知ったのですが(そして肝心の『試される民主主義』を読めていないのですが)、今月の100分de名著がハヴェルだということで手にとってみました。やはりこのシリーズのテキストはよく考えられていてとても分かりやすいのでいいですね。
 政治的なパンフレットであり、ある種のマニフェスト、アジビラのようなものでもありながら、政治哲学的な内容も含んでいるというのがなかなか面白いところで、ハヴェル自身の人生の歩みと併せて考えても、この『力なき者たちの力』という文章がハヴェルをハヴェルたらしめていたものを表現しているように思います。
 なお、細かい話ですがプラハの春の弾圧の際、東ドイツ軍は後方任務に当たり、チェコスロヴァキア領内には入っていないことが近年の資料公開で明らかになっていて、この部分に関する本書の記述は古いものなので書き添えておきます。


■岩内章太郎『新しい哲学の教科書――現代実在論入門』
 ここ最近の人文書業界ではマルクス・ガブリエルがやたら流行っていますが、本書はガブリエルも含めて現代実在論について概説した一冊となっています。取り扱われるのは思弁的実在論のメイヤスー、オブジェクト指向存在論のハーマン、多元的実在論のテイラー&ドレイファス、新実在論のガブリエルです。
 それぞれの哲学者の概説にもなっていますし、それを超越性(高さ)と普遍性(広さ)の問題という視点から整理することによって、それぞれの哲学者の相互の位置関係も把握できるようになっていて非常に見通しがよくなります。文章も読みやすいですし、現代実在論に興味のある向きには叩き台を作るために読む一冊としてオススメです(ガブリエルの『なぜ世界は存在しないのか』を読みたい人もこれをその前に読んでおくといいと思います)。
 ここのところの流行りでいうとメイヤスー、ハーマン、ガブリエルがセットになる傾向は強いので、ここにテイラーとドレイファスを入れたのはナイスな判断だったかと(著者なりの理由はもちろんあって、超越性と普遍性を問題にした時に、普遍性を主眼にしている哲学者を入れる必要があったからだと思うのですが)。
 個人的な感想を言うと、テイラーと言えばコミュニタリアンとして有名な哲学者なので彼が相対主義から離れて実在論にコミットしている理由がこれまでよく分かっていなかったのですが、本書でその整理ができてすっきりしたということが収穫として一点、またメイヤスーの議論が実在論と言いながらメシア論っぽくなっていくあたりに浄土真宗っぽいなあという印象を抱いたりもしました(まだ『有限性の後で』も『亡霊のジレンマ』も読めていないんですが)。


■隠岐さや香『文系と理系はなぜ分かれたのか』
 文理の別、なんとなく私達は当たり前のように受け入れていますが、歴史的にその分類の仕方がずっと主流だったわけではありません。本書は科学史の隠岐先生が文理の別が生まれた過程について、ヨーロッパと日本それぞれの歩みを歴史的に跡付けたり、産業界と文理の関係、ジェンダーと文理の関係、また学際化の問題などを取り扱っています。
 歴史的な分析や時事的な問題への言及など、読んだ感じは羽田正先生の『新しい世界史へ』に近いところがあって(あの本も万国史と自国史が別れた過程について述べた後に、「新しい世界史」への提言を行っていました)、羽田先生の本を読んだことのある人なら内容が想像しやすいかなと思います。
 私自身はド文系を自認している人間ですが、理系知には相応の敬意を払っていますし、(このブログで紹介した本で言うと『チンギス・カンとその時代』などで)文理の研究者が共同して研究に当たることに肯定的な意見を持っています。ただ、完全に文理が融合できるかというとそこには懐疑的だったのですが、本書で文理の別の根拠になっているものについて「「人間」をバイアスの源として捉える」か「「人間」を価値の源として捉える」かという部分が(それで全て説明できるわけではないにしても)あるのではないか、という指摘があり、非常に腑に落ちた次第です。
 なお余談ですが、下のシオラン本と担当編集者が同じ石川さんという方らしく、やはり妙なところで繋がるものだなあという気がしています。


■大谷崇『生まれてきたことが苦しいあなたに――最強のペシミスト・シオランの思想』
 こんなタイトルですが(そして著者もあとがきでタイトルに愚痴をこぼしていますが)、シオランの思想について紹介した一冊になっています。私は基本的にペシミズムには共感を覚えない類の人間なのですが、シオランが何故ペシミストになり、またペシミズムを保持し続け、どのように理屈立てしていたか、ということは理解できたように思います。語り口も平易ですし、それほど予備知識も必要ない本ではないかと。
 シオランの思想でひとつ好感を持てるところは、結局仏教(を含むペシミスティックな東洋思想)に影響を受けながら、人を超えた悟り=解脱の域に向かうことを拒否して人の世界に戻ってくるところでしょうか。著者はこれをシオランは中途半端な思想家であって、だからこそ開かれているのだと評しています。
 他、シオラン本人の怠惰の思想(あるいはシオランの思想に共感する人)については例えば同時代にフランスにいたレヴィナスの責任論なんかをぶつけてやると面白い化学反応を起こすんじゃないかという気はするんですが(レヴィナスは当然不作為にも責任を見出すので)、シオラン本人はレヴィナスに触れているのかいないのかそのあたりもちょっと気になるところです。


■藤野寛『友情の哲学――緩いつながりの思想』
 同じ著者の『「承認」の哲学』が面白かったのでこちらも。各哲学者の友情論を取り出して検討したりしていますが、はやりホネットの承認論からの展開がメイン。恋愛のように排他性は持たず、さりとて博愛のように完全に開かれているわけではない「友情」という分析が本書の軸でしょう。 「私に友達が少ないのはカントのせいか」という問いの立て方には少し笑ってしまいましたが、全体的に読みやすい本です。人間関係に悩んでいる人の処方箋になるかは怪しいものの、友情について哲学的に考えたいのであれば読んでみてもいいのではないでしょうか。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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