ピーター・バーク『文化史とは何か 増補改訂版第2版』


 史学史、史学理論について扱った本だが、なぜテーマが文化史なのかには説明を要する。数え方にはばらつきがあるが、1970~80年代において、歴史学は「文化論的転回」を迎えた、とされる。これは、従来の社会史を基調とした研究の潮流が行き詰まりを見せるのと相前後して「新しい文化史」として現れた。本書は、その「新しい文化史」について、前史および今後の展望も含めて述べたものとなる。

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もうひとつの近代はコーヒーとともに―カフヴェ・ハーネと公共圏―

 『囚われの歌姫』第一話は主人公セルマが男装し、珈琲館にウードを演奏しに行く場面から始まります。実際のオスマン帝国社会でも、珈琲喫茶(カフヴェ・ハーネ、コーヒーハウス)は人々の社交、娯楽の場となっていました。

 ヨーロッパ大陸で最初の珈琲喫茶がイスタンブルにできたのは16世紀、スレイマン大帝の頃だったと考えられています。この新奇な飲み物と喫茶空間は人々を魅了し、100年後のスレイマン2世の時代には既に600件もの珈琲喫茶がイスタンブルに立ち並んでいたといいます。この流行は少し遅れて西欧諸国にも伝わり、各地でコーヒーハウスが出現することになります。
 イスタンブルの珈琲喫茶では人々はコーヒーと茶菓子や水タバコを楽しむのはもちろんのこと、詩を披露し批評しあったり、すごろくやバックギャモンなどのゲームに興じたり、またメッダーフと呼ばれる噺家の落語や講談を楽しんだりしていました。珈琲喫茶には様々な人が集まることから、仕事の斡旋も行われ、ある種の職業安定所のような面も持っていたようです。
 ところが、話はこれだけでは終わらず、珈琲喫茶には時の政権にとって無視できない機能がありました。それが今回のテーマ、公共圏としての珈琲喫茶です。

 「公共圏」とは、私人からなる公的空間のことで、「公権力=おかみとしての公」と「私生活の空間」の間に存在します*1。ここでは差し当たり「おかみから自由に公的な議題=政治について議論できる場所」と捉えておいていいでしょう。ここでは身分や社会的階層の差は関係なく人々を受け入れることになります(ただし、事実上女性は排除されていたことに注意が必要です)。
 珈琲喫茶に入り浸る人々は何事か不満があれば時の政権や高官に対して批判的な議論を深めていきました。スレイマン大帝やムラト4世らのスルタンはこの公共圏としての珈琲喫茶を危険視して珈琲喫茶、あるいはコーヒーそのものの禁止令を出したりもしますが、コーヒーの取引から生まれる税収や、市民のコーヒーへの根強い支持などもあり、結局うまくいきませんでした。
 17世紀なかばをすぎると、スルタンの精鋭兵であったイェニチェリも一部に珈琲喫茶をたまり場にするようになります。珈琲喫茶は市民の世論とイェニチェリが結びつく場として働くようになり、イェニチェリは市民の世論をバックに、市民たちの代表者としてスルタンの権力の乱用に掣肘を加えるようになっていきます。
 小笠原弘幸氏は著書『オスマン帝国』でバーキー・テズジャンの研究を引き、イェニチェリが関わった17世紀の度重なるスルタン廃位について、「イギリスにおける清教徒革命(1649年)や名誉革命(1688年)と同じ位相で捉えられるべきである」と述べています*2

 上意下達ではなく、下から政策について論じ、やがて世論によって政策を理性化、正当化することになる政治的公共圏は、珈琲喫茶を通してイスラーム圏でも育っていったと言っていいでしょう。後々のヨーロッパでもヴォルテールやルソー、ロベスピエールやダントンなどがコーヒーハウスにたむろし、世事を論じていたことが知られていますが、イスタンブルでも珈琲喫茶は世論形成の場となっていたわけです。

 時代が下って1920年代、エジプト、カイロのカフェでイスラームの危機と反植民地闘争について語る若者の姿がありました。後のムスリム同胞団の創始者、ハサン・バンナーその人です。当時エジプトは1919年革命で名目上の独立を果たしたものの、未だイギリスの強い影響下にあり、エジプトの人々は革命による政治意識の芽生えの中、次の一歩を踏み出そうとしていました。そんな中で足繁くカフェを訪問し、市井の人々にイスラーム復興を説いて回ったのがバンナーだったのです*3*4
 バンナーは背広をまとい、ボーイスカウト活動やスポーツクラブを設置し、労働者や女性の地位向上のための活動を行うなど、西洋的なものを一切認めない類の人間ではありませんでしたが、その根底には確固としたイスラームへの信仰があり、この組み合わせは西洋とは異なる近代のひとつの形であったと言っていいでしょう*5

 ヨーロッパとは違う形ではありますが、市民の主体的な政治意識の高まりと、その意見を整え合理化する公共圏は、イスラーム圏でも自律的に発生していたことは見て取れると思います。イスタンブルであれ、カイロであれ、そこには珈琲喫茶が大きな役割を果たしていたということも、またひとつ言えるのではないでしょうか。

■全体を通して参照したもの
永田雄三他『成熟のイスラーム社会』pp.153ー8
白井隆一『コーヒーが廻り世界史が廻る』pp.3-38

*1 ドイツの社会哲学者、ユルゲン・ハーバーマスはヨーロッパにおける公共圏の成立と変容について『公共性の構造転換』であとづけている。本書は歴史学者から参照されることもあり、他にも社会科学に大きな影響を与えた。身分や社会的階層の差にとらわれず、発言の説得性のみを問われる場として、近代市民社会の発展への影響が注目される。
*2 小笠原弘幸『オスマン帝国』pp.172-3 小笠原氏によると、バーキーの研究により、こうしたイェニチェリの反乱は、従来は軍規の弛緩や帝国の衰退のあかしのようにみなされていたが、「分権化の進展と社会構造の変化のなかで生まれた、王権の濫用にたいしてステークホルダーたちが起こしたリアクションとして捉え直すことができる」という。
*3 横田貴之『原理主義の潮流 ムスリム同胞団』pp.18-25
*4 なお、バンナーの師匠筋にあたるムハンマド・アブドゥフ、アフガーニーらも夜毎にカフェで政治談義を行ったという(奴田原睦明「コーヒー店」『新イスラム事典』)。
*5 イスラーム復興と近代の関係については横田『原理主義の潮流』と併せて末近浩太『イスラーム主義――もう一つの近代を構想する』も参照のこと。

前田耕作『バクトリア王国の興亡』


 バクトリア王国を中心とした古代中央アジア史の概説書。著者はアフガニスタンで遺跡の保護などに関わってきた前田耕作氏。

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読書案内:電子書籍でイスラーム時代西アジアの歴史を学び直す

 ここ最近はコロナ禍による自粛の広がりで書店も開いていない時間が増えましたし、図書館も閉まっています。そこで一切外出せずに読みたい本がすぐ読める電子書籍の出番となるわけですが、電子書籍のラインナップも出版社や出版年次によってまちまちで、なかなかままならないものです。
 この記事では、そんな中、電子書籍だけでイスラーム時代の西アジア史を学び直すためにはどのようなものを読めばいいのかを紹介していきたいと思います。

 内容は「通史」「イスラーム」「文化史」「諸帝国」「近現代」となっています。

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近況・新刊情報と最近読んだ本など

 相変わらず仕事以外は引きこもりの生活が続いています。仕事の方は食料品流通にかかわっているのでどういう状況になろうと開けるほかないので、給料の心配はあまりしなくていいのですが、それ以外がどうにも。仕事帰りに寄れる最寄りのジュンク堂も休業中なので新刊もなかなかチェックできず。
 一方でオンライン化もいろいろ進んでいるようです。以前お世話になった上七軒文庫もここ最近はオンライン講義に切り替えているようで、遠方でも興味のある方はチェックされるとよいのではないでしょうか。

 「囚われの歌姫」は四話が配信中ですのでよろしくお願いします。今回は私も少し画面に出るところでお手伝いさせていただいています。


 さて、新刊情報。出版スケジュールも昨今の情勢下でいろいろずれ込んできているようではありますが、出版社、著者の方々には無理をしない程度に頑張っていただきたいものです。
 岩波新書5月、中国の歴史シリーズ第四巻檀上寛『陸海の交錯 明朝の興亡』。
 刀水書房2021年春、永田雄三『トルコの歴史』。出版社のサイトを見てもタイトル以外の情報がほぼないんですが、どの程度のタイムスパンで扱った本になるんでしょうかね。

 以下、最近読んだ本。

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M・シュクリュ・ハーニオール『文明史から見たトルコ革命』


 副題は「アタテュルクの知的形成」。トルコ革命の立役者であり、トルコ共和国初代大統領であるケマル・アタテュルクの評伝。

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プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
西アジア史が好きな一介の歴史好き。歴史理論にも興味があり哲学関係の本も読みます。
望月桜先生の『囚われの歌姫』を考証面でお手伝い中。

当ブログは管理人が読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
当ブログの内容を雑誌・書籍等にご利用されたい場合はご一報下さい。
管理人への連絡は下記メールフォームか拍手でどうぞ。

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